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 現代から離れたとある未来の時代。テクノロジーの進化が続き、人々は数々の技術の恩恵を手元や身近な環境でいくつも享受していた。  それは街並みの景色や日常にもはっきり現れており、より洗練され便利になった足元や周囲の光景は、時代の変化と未来を感じさせるものとなっていった。  しかし、そんな暮らしをさらに便利にかつ良いものにさせてくれるテクノロジーにも、使い方によっては人の尊厳を脅かすものにもなりうる。  世間一般的にはまだ存在していない、実現していないと思われているテクノロジーを利用し、他者を欲望の為に消費するものも少なくないのである。  これは、未だ人間のようなアンドロイドの存在、生身の人間の機械化技術が確立されていない、と思われているこの時代において、密かに機械化技術を社会の影に隠れて利用し欲望を満たす者が運営する、とある女性限定高層マンションの話である。 * * *  とある島国の首都圏。円を描く、人々が最も利用する黄緑シンボルの路線が走る都心からやや離れた、開発著しく環境が整えられつつあるとある地区。その街の名前は夕山。  街全体が非常に洗練されており、周囲が見やすく歩きやすく、交通機関が揃えられつつも、どこを歩いてもある程度の緑が感じられる。  駅を中心に、生活に必要な数々の店舗から高級路線なショップも揃えられており、全体的に清潔さを感じられる、人間の暮らしやすさを一番に考えられた場所である。    数々のテクノロジーが街全体で運用されており、運搬ロボットや清掃ロボットが走り回る上に、駅周辺にもなるとホログラム式の街マップなども設置されている。  そんなオシャレで見た目にも清涼感を感じられるこの街は、特に女性人気が高く、一帯を見渡すと見た目麗しい女性が目に入ってくるほどだった。  事実、都内の他地区から夕山への移住者も増えつつあり、順調にこの街は新たな人気の場所としての地域を確立しつつあった。  そんな夕山という街のある場所に、女性専用の高層マンションが存在した。  マンションの名前は「ラ・メール夕山」周辺にも建てられている高層マンションから逸脱した要素自体はそこまで感じられないが、中身は非常に優れた設備が整えられた10階建ての高層マンションである。  エントランスには、入居者または管理者専用の認証キーを用いる自動ドアが備わっており、その先では24時間体勢で女性の警備員が住人の出入りを見守っている。  投函箱と一緒に宅配ボックスも設置され、何かしらの注文配達で上階まで運搬者が移動する必要も無くなっている。   同時に、各階の入退室に関しても全階層に備わっている監視カメラと連動した入退室システムによって管理されており、外部からの不審者が入ってこれないように万全の体制が作り上げられている。  エレベーターは全階に通されており、階段を使わなくても移動が可能となっている。エレベーター自体も静音エレベーターでうるさくなく、内部には冷暖房も完備され快適な環境が約束されている。  各階には、一階のゴミ捨て場まで通じているダストシュートが設置され、わざわざ一階まで降りなくてもそれぞれの分別口にゴミを投入すれば捨てられるようになっている。  さらには各階層に清掃ロボットも設置され、常に通路は清潔に保たれている。  部屋は全室オートロック式で、どの部屋も基本的に1LDK。広々とした空間が確保されており、家具類や設備もスマートホーム対応済。  快適かつ住み良い暮らしを得る為の条件が徹底的に完備されており、まさに理想の居住空間としか言えないような場所だった。  その上、家賃も他のマンションよりも比較的安く、住むためのハードルもそこまで高くはない。代わりに公開はされないオーナー独自の居住条件が存在するが、それがあったとしても、いたれりつくせりという他ない最高の高層マンションとなっていた。  そんなラ・メール夕山に、また新たに一人の女性が新しく暮らし始めようとしていた。 「やっとここに住めるんだわ……頑張った甲斐あったわほんと……絶対にここがいいって思ってたもの」  女性の名前は浜谷心音。現在24歳の会社員である。  艶めきが美しくさらっとしたストレートの、額で左右に分けられたブラウンのミディアムヘアーに、大人のお姉さん的雰囲気をどこか宿しつつも可愛らしさとエネルギッシュさも宿した、可愛らしさと美しさを両立した美貌。  現在の私服姿は非常に彼女のスタイルが映えており、衣服の模様が歪む両胸の豊かさが強調されている。  歩く度に乳の揺れが生まれ、くびれとスラッとした脚が魅力的なラインを作り出している。  まさしく美女という言葉が似合う彼女は、今日この日の11:35、しばらくの間お世話になっていた前居を離れ、ずっとここが良いと思っていた新居であるラ・メール夕山にやってきた。  一、二年の間、理想の住み良い場所として目星をつけており、周囲の環境の良さも合わせて、いつかはここに住みたいと思っていた。  そんな理想のおかげで、日々の労働にも身を投じることができ、しんどくてもひたすら頑張ることができた。それがついに報われたのだった。 「街並みも綺麗だし、バスもシェア系の乗り物もあるし、ちょっと歩けば色んな店もあるし…………はぁぁ……ほんっと頑張ってよかったぁ…………!」  一度部屋の内見の為に訪れたことはあったが、その時にも入口から部屋に来るまでの間でもかなり胸が躍った。こんな良い場所に住めるのだと。  引っ越しできそうな目処がつき、いざ引っ越しの相談を進めるうちに、まるでオーディションでもしているかのような緊張感も漂っていた。  このマンションの大家であるという男性とも対面し、非常に息が詰まることもあったが、それらもクリアした。  あとは、先に部屋に入ってから、今日のうちにやってくる引っ越しの荷物を待つだけ。そうして理想の住まいでの生活がこれから始まる。  胸中でまるで花火が上がるかのようなテンションで、これからの日常を過ごす場所となるマンションを見上げた後、彼女は早速エントランスの方へと進んでいった。  以前住んでいたマンションにはなかった自動ドアの先に入っていく心音。  現在外は、そこそこ暑いくらいの気温だが、一歩入ればそこは既にしっかりと冷房が効いている快適な空間となっていた。  エントランスに設置された宅配ボックスと郵便受けの場所を再確認しつつ、自分がこれから住む部屋である503号室の位置もしっかりと覚えていく。 「あっ、こんにちはー」  同じ空間の中には、ラ・メール夕山の管理人だと説明された女性のいる管理室も確認できた。  その女性は黒髪セミロングのお淑やかな雰囲気を感じさせる美女で、心音が挨拶をしながら頭を下げると、女性もまたこんにちはと一言返しつつゆったりと頭を下げた。 (うわぁ……前見たときもそうだったけどすっごい美人……こんな人と毎日顔合わせられるんだえっぐ……!)  わずかな所作だけでもオーラを感じるその姿に思わず心奪われる心音。  もうしばらくじっと見ていたい気持ちを抑えて、彼女はエントランスの先へと進んでいった。  ずっと微笑み続けていた管理人は、心音が視界から消えてから間もなく、先程と全く変わらないようなアルカイックスマイルへと表情を戻し、じっと動かなくなった。  そんな変化を知ることもなく、その後心音は、読み込み箇所が設けられているドアに入居者のみに渡されるカードキーを当てて、マンションの入居者エリアへと入っていく。  動作音を鳴らしながら廊下を動く自動清掃ロボットの姿を見かけながらエレベーターに乗って5階へ移動し、自分の部屋である503号室の鍵を開けた。  しっかりと聞こえてくる解錠音が、ここが自分の部屋になるのだという実感を伝えてくれる。  そして、ゆっくりとドアを開けると、そこにはずっと住みたかった光景が広がっていた。 「はぁぁぁぁ…………これからよろしくそしてただいま新居〜〜! 冷蔵庫までデフォで付いてるとかありがたすぎる〜〜! 前に使ってた奴よりもかなり良いやつだし、もう最高じゃーん!」  室内はまだ、荷物もなにもない為殺風景寄りではあるが、いくつか最初から管理側の好意で設置されている家電が存在している。  どれも前の住まいで使用していたそれよりかなり性能が良く、利便性も大きく向上している。  内見した時と変わらない内装でも、もはやこれだけでも良いくらいだが、荷物が届けば本当に自分の部屋として完成する。  心音は、まだ何も置かれていない部屋の中心で全身を大にして寝転びながら、最高の新居の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。 「なんかもう、これからの毎日頑張れる気しかしない〜〜…………早く荷物届かないかなあ」  入りたての今しか味わえないすっきりとした雰囲気と空気を味わいつつ、これから自分の一部でもある物品類が来ることを心待ちにする心音。  荷物が来るまでもう少し時間がかかるが、その間も時はいつもと同じように過ぎていく。時刻はもうそろそろ昼食時なのもあって、高揚した気分が落ち着いたタイミングで空腹の感覚が襲ってきた。  心音は携帯端末から、現在の荷物運搬状況を、使用している引越し業者のアプリから確認する。  まだそれなりに時間がかかりそうなのを確かめた彼女は、これならちょっと行動しても問題なさそうだと立ち上がった。    「ちょっとお昼でも買ってこようかな。お店を見るのにもちょうど良いでしょ」  これからお世話になるであろう行動範囲のショップを自分の目で見に行くのにも良い機会だと思った心音は、お昼のテイクアウトをメインに据えて改めて外出することにした。  最低限の荷物を抱えて、慣れないカードキーの存在をしっかり確認し、新居初めての外出を迎えた。  5階という高めの階層から感じる空気。見える外の光景の広大さに驚きつつも、エレベーターの方へ向かおうとしたその時、対面から別の住人の女性がやってきた。 「…………!? あっ、どうも、こんにちは」 「あら、こんにちは。新しく引っ越してきた方ですか?」 「は、はい、今日引っ越してきたばかりなんです。浜谷心音と言います」 「ああやっぱり。昨日まで誰もいないって具合にシールが貼ってあったから、もしかしたらと思って。あたしは柴原杏子って言うの。よろしくお願いしますね、浜谷さん」    その女性は、上下一体型の、身体のラインがハッキリと出た単色の衣服に身を包んでおり、自身のスタイルに絶対的な自信を持っているようだった。  それを裏付けるかのような高身長と、乳首が浮き出そうなくらいに形がはっきり出ている乳房。肩出しで谷間が出ている分、そのセクシーさがより露骨に溢れている。  顔立ちも、落ち着いた雰囲気に見合うような大人の女性的美貌で、それぞれの整いつつも主張しすぎていないパーツが、まさに美女という造形を形作っていた。  歩く度にたなびく額出しのロングヘアーも、昼の太陽の光を受けて煌めいている。  かつての自分の生活圏では見なかったような、ランウェイを歩くモデルのようなその女性は、思わず見とれてしまうような魅力に満ちていた。 「こ、こちらこそよろしくお願いします! さっき初めて部屋に入ったばかりで、ご近所さん向けの菓子折りとかまだ用意できてないんですが……」 「ふふ、大丈夫ですよ気を使ってもらわなくて。その気持ちだけで嬉しいわ。良いところでしょう?」 「は、はい……まだ色々わからないとこはあるんですけど、こういうところに住んでみたいなとは思ってたので……その…………」 「もし何か困ったことがあったら気軽に相談してくださいね。ここの住人の方々は皆優しいですから。それじゃ、あたしはこれで」  大人の余裕を感じさせる微笑みを向けながら、丁寧かつお淑やかな所作で軽く頭を下げた後、杏子は自身の住む部屋である501号室へと入っていった。  入居してから早々に出会った目を奪われるような美女に、心音は声に出せない叫びを抑えながらエレベーターに向かっていった。 「えー嘘嘘嘘嘘やっば……! あんな美女が本当に住んでんの……!? やっぱりここに住む人ってそういう感じの人ばっかりなんだ……! 管理人の人も綺麗だったし、ちらっと見えた別階層の人も可愛かったし……えっ、もしかして私もそんな人達の仲間入り? うわうっそガチで……?」  自分がそれほどのレベルにいるとは思えないが、自分なりに美容や体型維持には気を使って頑張っているつもりではある。  しかし、そんな自分が到底たどり着けなさそうな、SNSや映像で見るような美人ばかりがいるマンションに住めているとなると、自分もそういうカテゴリに入っているのではという自信に繋がってくる。  誰もいないエレベーターの中で一人悶絶しながら、やっぱりここに引っ越してよかったと生活とは別の方向で思いながら、彼女は1階へ降りてお昼の買い出しへと向かうのだった。 * * *  心音がラ・メール夕山での新しい生活を始めて3週間程経過した。  彼女は新しい場所での新生活を、自身が思っていたよりも120%楽しんでいた。  駅からそこまで遠くなく、それまで住んでいた場所とたいして変わらない歩き距離にも関わらず、日常生活のQOLは天井を突き破るほどに向上している。  普段のゴミ捨てはダストシュートに放り込み、分別もマンション側が勝手に行ってくれる。  暮らすようになって気づいたが、1階にはマンション側が設置した多種多様な自販機もあり、ふと喉が乾いた時には様々な種類の飲み物が手に入る上、搾りたてオレンジジュースの自販機や冷凍の惣菜またはラーメンの自販機まで設置されている。  まさかそんなものまで、という機種まで置かれていたのは、彼女としても予想外だった。  勤務先までの電車も今までより少々近くなり、路線も乗り換え一本程度。負担が少なくなった上で利便性は大きく向上しており、彼女の帰りが遅くなってしまっても、夕山駅の周辺施設は意外と夜遅くまで開いている。  深夜になっても、警備ロボットの巡回とある程度の明るさは保証されており、不審者に狙われるような心配も無い。  外の環境の良好さもさることながら、荷物が届き自分色に染まった室内も、日常の根城として最高の環境へと生まれ変わった。  以前の住居から移動させた家具や装飾を、現在の部屋に合うように設置し、ベッドも朝になれば心地よい日光が入る位置に置くことで、毎日彼女は爽やかな1日を始められる。  自室には可愛らしい色合いと飾りを施し、自分が最も過ごしやすく気分の上がる空間が構築されていた。  引っ越し後の日常はまさに順風満帆そのもの。一日一日が理想の生活と言っても過言ではないような、思い描いていた日々が過ごせていた。 「おはようございまーす」 「あっ、どうも、おはようございます」 「あら、浜谷さんおはようございます。今日はもう出勤ですか?」 「おはようございます柴原さん。ちょっと今日は早めに出勤するように指示があって……」 「大変ですね……無理はしないようにね。あたしはもう少しゆっくりしてから出勤するの」 「いいなあ……あっ、エレベーター来た。じゃ、また後日!」  ご近所付き合いも順調で、すぐに以前から暮らしていた住人の人々とは早いうちに打ち解けていた。  しかもこのマンションに住んでいる女性達は、それぞれにジャンルは違いつつも誰もが例外なく、笑顔も眩しくスタイルの良い美女ばかり。  近い部屋に住んでいる女性とは話す機会が増える分交流も増え、さらに別階層の美女とも、1階やエレベーター内で出会ったりする。  その度に、こんな綺麗な人も住んでいるのだと、内心で驚きを湧き上がらせていた。  目にも足にも身体にも、心にも幸せは、ラ・メール夕山での新居生活。もはや彼女には、不満を抱くような余地など一切ないものとなく、毎日のようにここに引っ越して良かったと思うようになっていた。  しかしある日曜の午前、心音はこのマンションでの生活に突如ちょっとした違和感を抱くようになり始めた。 「…………なんかおかしいなあ」  彼女にはその違和感の正体がなんなのか掴めない。どこからそれが訪れているのかもわかっていない。  ラ・メール夕山の環境に一切の不満はないし、むしろ口を開けば良いところばかりが出てくる。  だが、しいて言うならばここの他の住人と対面した時、正体のわからない漠然とした違和感を覚えるようになっていた。それは、エントランスにいる管理人相手にも同様である。  どこに何を感じているのか。何をどうしてそう感じているのか。それを言語化することはむずかしい。  だが、これから誰かと話す時、特に今の所一番交流のある杏子相手に何か失礼のないようにと、彼女はその疑問を一旦頭の中で整理することにした。  現在の彼女は、クーラーのしっかり効いたリビングに設置したソファの上に座り、首を後ろに傾けてぐったりとしている。  不満が無い分、ちょっとした違和感程度を考えるのもばからしいとは思ったが、放置するのもそれはそれでなんだか嫌だと思い直し、色々と頭の中で、このマンション内での疑問を洗い出してみることにした。 「…………………………やっぱり何か思うことって」  美女ばかりすぎる、というのは確かに疑問ではあるが、マンション外から出ても男女問わず見た目麗しい人が多い。ような気がする。  ここの比率くらいは誤差なのかもしれないと思いつつ、さらに考え込むうちに、ひとつの疑問にたどり着いた。 「………………そういえば、管理人の人いっつもいるよね」  それは、エントランスにいる黒髪美女の管理人に関してだった。  彼女はいついかなるタイミングでもそこにいて、ほほえみながら挨拶をしてくれる。  仕事熱心で別け隔てなく接してくれる天使のような女性だが、そういえばいつどんな時でも彼女はそこにおり、しかも笑顔でその職務を全うしていた。  たとえ深夜頃でも、朝早くでも、全時間変わらぬ態度で住人を迎えてくれる。  もしかしたら、彼女になにか聞ければこの不思議と感じるモヤモヤも晴らせるかもしれないと、そう思った。 「ちょっと話聞いてみようかな。まだ昼前だし、何か聞いてくれるかも」  そうと決まればと心音はソファから立ち上がり、部屋着のまま外に出ることにした。  いずれにしても今日は休日。元々何かしらの予定はなく。この居心地がとても良い自宅でぐってりと前日までの仕事の疲れを垂れ流そうと考えていた。ようは予定はない。  別に自分が唐突に思い浮かんだ疑問の解消に時間を使ってもよいだろう、そう思いながら外に出て、自宅のドアの閉まる音を聞いた直後、彼女は普段の玄関近くからは聞こえない、何かざりざりという音が耳に入ってきた。 「…………えっ、何この音」  音が聞こえるのは階段やエレベーターがあるのとは反対側、501や502の部屋がある方向。  何か外から風で何かゴミでも入ってきたのだろうか。そう思いながら視線をそちらに移したその時、彼女は目を疑うようなものを目撃した。 「………………えっ、柴原……さん……?」  彼女の視線の先にいたのは、ラ・メール夕山で一番交友ができた杏子。  しかし、その状態はどう見ても異様としか言いようがないものだった。  杏子が住んでいるのは、5階層の端側である501号室。彼女は今、その自室と502号室の間にあるスペースの壁に向かって顔を密着させ、両腕をだらんと力なく垂れ下げながら、両足をすり足で動かして壁の方へと歩き続けていた。  ずりずりと、彼女が履いている外履きサンダルが床と擦れる音が何度も鳴り、まるで自身の美貌を壁におしつけているかのように動いている。  口元からはぽたぽたと唾液が糸を引いており、時折ぴくっ、と不規則に全身が震えていた。  まるで悪霊か何かにでも取り憑かれたかのような姿。何かの冗談なのだろうか、それとも何かしらの要因でおかしくなってしまったのか。  心音はエントランスに行くのを止めて、先に杏子へ話しかけた。 「あ、あの…………柴原さん? こんにちは……大丈夫ですか? 何をやってらっしゃって……」   杏子は、いつもならばすぐに返事を返すにも関わらず、心音が話しかけても2秒程反応を返さなかった。  ようやく反応したかと思うと、彼女はゆっくりと心音の方を向く。その視線は、微妙に左右それぞれの瞳の位置がずれており、安定していないように見えた。 「あら、ここ、こんにち、ちちは浜谷さ浜谷さん。こんにちは。今日は今日は休み休み休み休み、どうしたの? あたしは、あたし、しし、ししは帰るちちちょうど、ど帰る帰りました、帰り帰ってきた、ました、ました、ましたなのよ、ね?」  口の動きから少し遅れて彼女の発言が出てくるが、その言葉はまるで音飛びした音声ファイルのように言葉が何度も繰り返されており、中には普段の彼女の言動とは明らかに違う口調が混ざり込んでいた。  どう見てもおかしい状態だが、立ち姿は異様に姿勢が良く、しかしそんな姿勢で不規則な痙攣を起こす姿が、逆に強い違和感を生じさせた。  杏子は一歩、また一歩と、身体を左右にわずかに揺らしながら近づいてくるが、その一歩も微妙にブレて安定していない。  左右の瞳は別々に小刻みに動いており、時にははっきり別々の方向を向いているタイミングも存在した。  その有様には、明らかに普段の大人の女性らしい落ち着いてて余裕を感じられる態度や雰囲気は見られない。彼女自身はどうやら普段通りでいるように認識しているようだが、それとはかけ離れた状態となっていた。 「ひっ……! ど、どうしたんですか柴原さん!? どこか体調でも……」  さすがにこれは何かがおかしい。熱中症か何かにでもなってしまったのだろうか。頭に対して大きな影響のある何かが起きてしまったのだろうか。  色んな可能性が脳内で駆け巡りながらも、心音は彼女の左右の二の腕を掴んで身体を揺らしてみる。  杏子は身体が揺れるごとに、頭部がそれにつられて揺れ動く。その挙動はまるで、子どもに扱われる人形のようだった。  一通り揺らしたところで、心音が手を離したその時、杏子の身体からまるで魂が抜けたように、彼女の身体がその場で膝から崩れ落ちた。  表情はずっと変わらないまま、頬が床をくっついてもびくん、びくん、と痙攣を起こし、だらしなく唾液がこぼれ落ちている。  眼球の動作も相変わらずで、身体の揺れで右目が床にぶつかりそうになっても、彼女の目蓋が閉じることはなかった。 「あたしのたた、体調? 体調は体調は浜谷さんあたし体調大丈夫大丈夫だだだだだいじょうぶ正常だ、からだから、正常よ正常です、せ、せせ正常は正常の、正常、せせ、せせ、せせ、あたしはしはしはしは体調を、体調が、ました。浜谷さ浜谷さんなのよですね?」  言動の支離滅裂度合いも増し、より不気味な有様へと変わり果てた杏子。  全く理解のできない、意味のわからない異常な状況に、言いしれぬ恐怖を覚えた心音は、手を震わせながら携帯端末を手に取った。 「な、なにこれ……何がどうなってるの……!? と、とになく救急車…………あれ、繋がらない……どうして……?」  隣人の正常でない状態に何かしらの突発的な疾患や緊急的な体調不良だと考えた心音は、救急車を予防と通話を行おうとする。  しかし、今まではずっと普通に電波が入っていたのにも関わらず、この瞬間だけはなぜか電波が入っておらず、なぜか緊急通報すらも封じられていた。  いつもは最高の品質で入っているはずのWi−Fiも無く、外との通信手段が消失している。  突然の電波障害や通信機器の障害だけならまだ非常に運が悪いと納得できるが、いくらなんでも緊急通報すらもできないのはおかしい。  とにかく救急車を呼ばないことにはどうしようもないと、彼女は自分の携帯端末ではなく管理人に話して外に連絡してもらおうと、1階へ向かおうと振り返ったその時、彼女の背後には、その目当ての管理人の姿があった。 「うわっ!? な、なんでここに……と、とにかく、大変なんです! 柴原さんがいきなりおかしくなって……救急車を呼ばないと!」  管理人に救急車を呼ぶように頼み込むが、彼女はじっと微笑みを浮かべたまま見つめるだけ。  視線は一瞬だけ、床に倒れている杏子の方に移るも、すぐに心音の方に戻り、ゆっくりと近づいてきた。  そして、抱き締めるように彼女の身体とくっつきつつ、右手を首元に置いた次の瞬間、人差し指の指先が左右に開き、注射器のような針が姿を現した。 「えっ、あの、こんなことしてる場合じゃ……………………」  針を刺して間もなく、心音の意識は即座に闇の中に落ち、杏子と同じように床の上に寝かせられた。  全身が脱力している分、ガタガタとのたうち回るように震えている杏子とはその姿が雲泥の差となっている。  たった今、心音の中に針経由で注ぎ込まれたのは麻酔薬。一瞬にして意識を失ったことを確認すると、管理人は機械仕掛けのようにしか見えない開いた指先を閉じた後、倒れている杏子の方へ近づく。 「浜谷さん浜谷さ浜谷さんさんさんも今日はははは、今からおお出かけなお出かけなですかます、ますしますを行いますか? あたしは先程あたしは先程こここここ、そうですねそうねそうね、あたしは今帰ったったったったったっ…………」 「言語回路及び制御中枢のエラーが発生していると判断。素体と共に修理の為運搬を行います」  普段心音がエントランスを通る度に聞いている彼女の声とは明らかに違う、感情を感じさせない淡々とした報告的音声を口にする管理人。  誰もいない方向に向かって、まるでそこに心音がいる前提かのような喋りを継続している杏子の首筋に置くと、爪を引っ掛ける。  すると、まるでカバーのよう首筋の皮膚がめくりあげられ、下からいくつかの接続端子とデスクトップPCの電源ボタンのような電源ボタンが姿を表した。  管理人はそのボタンを長押しする。 「あたしはいい、今から、今から先程帰っ、今日は今日は今か出かけ浜谷さん浜谷さん浜谷さ──────」         すると、壁や何もない方向に喋り続けていた彼女の挙動や声は、まるでぶつ切りにされたようにぴたっ、と止まり動かなくなった。  どこかおかしい表情の笑顔で、痙攣途中の形で止まる手足。瞳の光が失われ、口からは唾液がとろんと垂れたまま、まるで人形のような状態となった。 「異常機体の停止を確認。素体の確保と共にタスクが完了しました。これより地下への移送を開始します」  そう言うと彼女は、両者を軽々と抱えてエレベーターへ向かい、ボタンを押す操作パネルの下部にある何もないスペースを、力を入れてスライドさせると、地下階層へ繋がるボタンが表れた。  管理人はそれを押して、地下階層へと向かう。  意識を失った女性一人と、まるでモノのように動かなくなった女性一人。両者を運ぶ一人の無表情の女性は、そのまま本来彼女がいつもいる階層を通り過ぎ、誰も知らない場所へと移動するのであった。  そして到着した、地上に建つラ・メール夕山の地下深く。  そこはまるで秘密工場のような様相で、広々とした空間と大量の機材が揃えられ、いくつもの部屋と繋がる通路が設けられていた。  常に何かの機械が動作している音が聞こえ、ところどころには白衣姿で常に無表情の女性が歩いている姿が見える。  管理人はその中をしばらく歩き、一台の手術台が中心に設置されている手術室までたどり着く。するとそこには、一人の男性が待機していた。 「待っていたぞ優子。ようやくこいつも改造できるな」 「はい。命令通り素体の確保が完了しました、マスター」  マスターと呼ばれた彼の名前は石川龍平。心音自身も一度、わずかな時間ながら対面したこともある、ラ・メール夕山のオーナーである。  現在両者がいるこの施設もまた、龍平の所有物。そしてなにより、ラ・メール夕山という高層マンションの本性でもあった。 「では、そいつは手術台の上に固定して置いてくれ」 「かしこまりました」 「それで、杏子だったか……いきなり壊れたのか」 「監視カメラ内の映像では、自宅内に入る寸前に電子頭脳内にエラーが発生したようです。主に言語回路、制御回路に不具合が発生していると考えられます」  優子と呼ばれた、いつもは管理人とだけ呼ばれている、本名を石川優子という女性は、龍平からの命令に従って心音を手術台の上に乗せて拘束し、杏子のことを床に放置したまま手を動かしつつ解説を行う。 「…………まあ、原因はどうせ後でわかるだろうな、記憶データ解析するだろうし。それが終わったら別の機体に改造させるから、杏子はメンテナンスルームに運んどいてくれ」 「かしこまりました、マスター」  龍平が所有するラ・メール夕山の正体。それは、外からやってきた女性を次々と改造し、彼専用のロボットへと作り変えて居住させる施設だった。  現在、ラ・メール夕山には無数の女性が住んでおり、その誰もが人間社会の中で問題なく生活を続けている。  しかし、心音以外の女性はみな、元は彼女と同じ生身の人間であったが、この地下にて全身を知らないうちに改造され、生身の存在しない機械人形へと生まれ変わった状態で、人間だった頃と変わらぬ生活を継続させられている。  予期せぬ故障を起こしてしまった杏子はもちろん、管理人の優子も当然、全身改造された機械人形であるが、運営側である優子だけは内部データに手が加えられ、常に龍平側の存在として思考するように改造されている。  その為、表で動く役割を彼女が負っているのである。  24時間常に管理人として監視ができているのも、彼女が機械だからである。管理人室にいる時は、深夜になると充電をしつつ管理作業を行っている。  そして、改造された女性達は全員が龍平の所有物となり、自分達が人間であると思い込みながら、好きに使われるセクサロイドとして稼働することになる。  当然彼女達にはその自覚はない。彼の気まぐれ次第で使われたり壊されたり、時には人間としての尊厳を踏みにじるような使われ方すら行われる。  強制的に改造された元人間の機械人形達を押し込めた根城。それが、ラ・メール夕山という場所の正体なのであった。  本来、ロボットへ改造された女性達には飲み物や食べ物は必要ないにも関わらずそれらの自販機が充実しているのも、どちらかといえば龍平が利用するためである。  そんな事実を知ることもできないまま、心音は全身の衣服を脱がされた状態で手術台に固定され、全身に手が加えられる時を待つのみとなった。 「来た来た。今回も任せたからな」 「「「かしこまりました、マスター」」」   すると、手術台の周囲にぞろぞろと、白衣を着た女性が入り込んできた。  地下に常駐している彼女達は、ラ・メール夕山の住民が故障、破損した際にいつでも修復できるようにと待機している機体達である。  彼女達もまた、以前は生身の人間だったが、龍平が改造し機械人形へと作り変えた上で、それぞれ一度も学習したこともないような人体の構造や手術方法、改造手順、各種メンテナンス方法などがインストールされ、それの為に動く機体として組み上げられた。  彼女達の本来の人格は動いておらず、常に基本人格で稼働している。  以前までは龍平も手術に手を付けていたが、今では全て彼女達に任せていた。 「これより、503号室住人、浜谷 心音の全身機械化手術を開始します」  感情のない声で、開始の宣言を告げるスタッフ。  眠り続けている心音は、この後も目が覚めるような処置を一切行われず、麻酔による睡眠を機材によって継続されながら、機械化処置の為に身体を切り刻まれていった。  こうしてまた一人、何も知らない女性が一体のロボットとして生まれ変わらせられたのであった。 * * *  『マスター、浜谷 心音の全身機械化が完了しました。動作テストも完了しています。後は全身の接続を行うのみとなっております』 「ようやく終わったか、よくやった。今からそっちに行こう」  しばらくの時間を置き、龍平の携帯端末にスタッフのうち一体からの連絡が入った。  新たな住人の機械化が完了するのを待っていた龍平は、早速手術室へと向かった。 「お待たせしました、マスター。既に完了しております。この後の操作制御の為に、後頭部カバーは開放した状態で端末機器に接続したままにしております」  数時間ぶりに手術室へとやってきた龍平。そんな彼の視線の先に表れたのは、一見するとバラバラ死体のような姿になっている心音の姿だった。  冷たい手術台の上に置かれた、人間だった頃と変わらない色合いの人工皮膚に包まれた機械仕掛けの身体。  頭部、両腕、上半身、胴部、両脚、女性器ユニットがそれぞれ分割して置かれており、頭部だけは少しだけ斜めに立たせているような形で固定されている。  後頭部はカバーのように開かれており、その奥には、かつての生体脳の中に収まっていた全ての情報が電子データ化されて移行した、電子部品の集合体である電子頭脳が格納され、それについている端子から伸びるケーブルが端末機器と接続されている。  元々大きかった両乳房は、よりハリを増した巨乳になっており、余計な産毛やシミなどが全て消失した彼女の身姿は、より美しく扇情的なものになっていた。   一見すれば彼女はただの死体で動くことなどありえない。しかし、外部からの操作が行われれば、たちまち彼女は生物として生きていた頃と同じように動き始める。  龍平はまず、心音を起動させる前に、外されている手足をべたべたと触り始めた。 「こういう完成したばかりの時にしか味わえないものがあるんだよなぁ……」  人間の肌とは微妙に性質の違うすべすべとした感触を存分に堪能する龍平。  その手は次々と、脚、股関、女性器ユニット、腹部、両乳、首、頬と移動していき、動かない人形状態である彼女の身体をひたすらに触れまくった。 「これだから新しい機体が出来る時は楽しみなんだ……次はテストモードで動かすか」  一通り彼女の新しい女体の触り心地を楽しんだところで、彼は一旦端末機器の方へ移動し、心音の電子頭脳内へとアクセスする。      これまでは不可侵だった彼女の人格や記憶、各種行動ルーチンなど、全ては外部から操作可能なものとなった。それは、彼女以外の機体でもまた同様である。  まずは軽く動かして、思い通りに操作できるのかどうか確かめるため、遠隔操作で電源を入れてテストモードで動作させる。 「…………命令を受信しました。登録番号0000062、浜谷 心音、起動します。現在、テストモードにて動作中です。指定の動作を命令してください」  頭部から小さな動作音が鳴り、心音の電子頭脳が動き出す。  閉じていた目蓋がゆっくりと開き、誰もいない方向へシステムメッセージを発した。その声は、人間だった頃の心音と全く同一で、きちんと彼女の声も音声ファイルによって完全に再現されていた。  一通りを喋り終えると、口を閉じて次の命令まで待機した心音。彼女は今、端末機器から送信される新しい命令を待っている。  表情は常に個人としての感情を感じさせないアルカイックスマイルで固定されており、まるで機械としての命令を待っているようにも見えた。  龍平は、彼女の記憶データからランダムに過去に発言した言動を再生させることにした。 「やっと導入決まったんだ……入った時からなんで無かったんだろって思ってたけど。自費で入れないととか無くて良かった……ほら、入社前からそういうのあるとこはあるって聞いたからさ……」 「ほんっとうにありがとう! 助かったぁ〜……心臓爆発するかと思ったもの……今度何か奢らせてよ」 「嫌だもうテスト勉めんどい〜〜……わざわざ忘れること勉強したくないってもう〜〜……」 「ねえママ! これ買っていいでしょ! みんな持ってるんだもん! ねえ買ってー!」        彼女自身でも本来忘れているような言動も正確に再現して、今の声で発される。  幼い頃の甘えた声や学生の頃の独り言、ちょっとした愚痴や日常会話など、いくつもの過去の言葉が掘り起こされ、それをただの龍平の娯楽として消費された。  現在の彼女の声は、喉奥に備わったスピーカーから発されており、それに合わせて彼女の口が動く。  記憶データからの音声には、当時の感情なども完全に再現して再生されているが、彼女自身の表情はずっと微笑みを浮かべたそれのままで、音声とのアンバランスさが目立っていた。  しかしそんなちぐはぐな有様が良い、人間から機械に変わった存在にしか出せない魅力があると、龍平はそれを愉しんだ。  しばらく記憶データの再生を行ったところでそれを止めると、心音は再び口を閉じて沈黙する。   喋らなくなった顔をべたべたと、眼球やほぼ、髪や唇に直接触れて改めてその感触を味わう。支離滅裂ではあるが、先程まで感情のこもった喋りをしていたとは思えないほどに反応を示さないが、触られた方向に眼球を動かすという最低限の反応は実行していた。  龍平は、そろそろ性玩具としての軽いお楽しみをやってやろうかと、手術台の上に転がっている女性器ユニットを手に取り、それと一緒にケーブルを持って頭部の側まで持って行く。  現在の心音は、それぞれの部位との接続が完全に絶たれている。正式に起動が行われると、それぞれの部位間での無線接続も実行されるようになるが、今はまだそれがONになっていない。  その為、今の心音は実質的に頭部だけの存在となっている。  そこで、彼女の首の断面についている、胴体部との接続に使用される接続部と、女性器ユニットを有線接続し、頭部と性器だけの状態で少し動かすことにした。 「女性器ユニットが接続されました」  自分の身体の一部が、胴体や股間をすっ飛ばして接続されたことを淡々と報告する心音。  今の彼女は、頭部と女性器だけという、まるで人間としての尊厳が踏み躙られ性処理の為だけに存在しているようなオナホ同然の姿となった。  龍平は手術室内の保管庫から、ロボット達に使用される人工体液の一部を取り出し、それを指で割れ目を広げた女性器ユニットの中に流し込む。  本来なら、腹部に搭載された体液タンクから、補充された液が供給されるが、頭と性器だけの彼女にはその供給源がなく、オナホと同様に直接流し込むしかない。  外性器部分とその奥の肉筒部分が、人工体液によって潤いを得て、人間らしい肉欲的なオーラを帯びる。  現在心音に接続されている女性器ユニットは、改造時に取得した性器の形状を忠実に再現したもので、自分の知らない部分まできっちりと形作られている。  そんな作り物の性器の中を、龍平は二本指を入れてかき混ぜ、しっかりと濡らしていく。  すると、膣肉内に仕込まれている大量のセンサーが刺激を感知し、快楽信号を発して電子頭脳に送信。それを電子頭脳側が処理し、女性器ユニットがバイブのように震え、いかにも気持ちよさそうな挙動を発生させた。  これは彼女特有のものではなく、他の住人も同様の仕組みが適用されている。生身の人間とは違い、性感帯に設定された箇所に刺激が与えられれば気持ちよくなるという単純なものになっていた。  気持ちいい状態にはなっているが、テストモードの彼女は人格データを通した処理が行われておらず、喘ぎ声や蕩けた表情のような反応が出てこない。変わらない微笑みのままだが性器は正直という状態となっている。  少なくともこれで、女性器ユニットは正常に動作していることは龍平の目にも確認できた。ラ・メール夕山の住人を愉しむ上で最重要とも言える器官はきちんと作られていなければならない。  それが今回もきちんと行われたことを確認した上で、彼は端末機器から、快楽信号の処理と記憶データを連動させ、過去の性行為データを引き出すように設定した。  記憶データからの情報によれば、大学生だった頃に一人の男性と付き合っており、その際に性行為まで行っている。  既に別れてはいるが、そのセックスの記憶はきちんと保存されている。  龍平はそれをテストモード時限定で紐付けた後、保管庫から女性器ユニットの動作確認用ディルドを取り出し、ひくひくと気持ちよさそうに動いている蜜壺に思いっきり挿入した。 「……………………あんっ! そこ……裕二ぃ……きもちいいよ……あっ! あっ、あっ、あっ、あっ!」  かつての彼氏とセックスした時の記憶データが引き出され、過去に発した喘ぎ声がそのまま再生される。  今、自分の膣内に挿入されているのはただの樹脂製のディルドなのに、それが彼氏のものであるかのような発言を行う。  当然それは、ただの記憶データの再生である為、彼女の表情はずっと変わらないアルカイックスマイルのままで、口だけが動いていた。  情感いっぱいの声なのに、実質的な無表情である様は、人間から機械に作り変えられた存在で有ることを如実に示している。  龍平はさらに奥まで突いていき、子宮ユニットの下から先端の形がはっきりと出てくる程に強く押し込んだ。 「はぁ……あっ……あっ……裕二……もっと……いっぱいあっ、子宮口まで来あっ、あっ、あっ! んん……裕二ぃ……私も大好kあああああっ!!」  かつての彼とのセックス時にも、彼女は子宮口まで突く程の情熱的な行為が行われていたが、子宮奥まで突くほどのそれは行われておらず、それに対応した記憶データが引き出すことができなかった。  さらに、刺激の強さによって快楽信号の度合いが変わるため、それに合わせて引き出される記憶データの部位も変わる。  つい先程擬似的な性行為が始められたにも関わらず、彼女の声はどんどん先走り、いくつかの合間を一気に飛ばして、すぐに絶頂に達した声を上げた過去の記憶が引き出された。  電子頭脳側も、その性感の量に負荷が発生したのか、発言が行われていない間は基本閉じられている口元も、ぽかんと少しだけ力なく開いていた。  その一方で、奥深くまでディルドを受け入れた女性器ユニットは、膣肉で強くそれを締め付けつつ振動し、搾り取るような挙動を起こしながら陰核をひくつかせ、肉襞に隠れている金属製の尿道部分の動作機構を動かしていた。   「あっ……ん……ねえ裕二……まだ抜かないで……まだ、もうちょっとシたi──────」                     挿入をそのまま続けていることで、記憶データから参照される発言が継続していく心音。  しかし、一通り今回は満足した龍平は、頭部と性器だけの彼女に供給されている電力を切った。  本来ならば胴体部に組み込まれているバッテリーによって稼働する彼女は今、端末機器と繋がれているケーブルから供給される電力で動作している。  それを切られた彼女は、発言の途中で唐突に動かなくなり、女性器ユニットの振動もぴたりと止まった。  口が少し開いた姿で停止している様は、より機械人形感が増しており、非人間感が溢れている。  停止したところでディルドをずるっ、と抜くと、注ぎ込んだ人工体液まみれになったそれの姿と、いやらしい煌めきを出す膣壁の姿があった。  龍平は勃起しながら、頭部と女性器ユニットの間に接続したケーブルを自分で取り外し、まとめて手術台の上に置いた。 「これなら何も問題ないな。ちゃんと動いてるし。おい、あとは任せた。組み立てて部屋に設置して通常稼働させといてくれ」 「かしこまりました、マスター」  自分が扱った分はある程度片付け、残りの処理は全てスタッフに任せてその場を去っていった龍平。  新しい住人の具合は中々に良い感じ。美女だらけの高層マンションにまた一体、自分の思い通りになる機械人形が増えたことを、彼は心の底から喜んでいた。  そんなことになっていることも自覚することができない心音は、光を失った瞳を開いたまま、口が開いた虚ろな微笑みで室内の光景を写していた。  後に彼女は、改めて女性器ユニットを洗浄された後で全身を接続され、再度浜谷心音という人間として動き出す。  それまでの間、周囲に立つ同じ機械仕掛けの女性達に機材のように扱われ、元の姿へ戻されるのであった。 * * * 「命令を受信しました。人格エミュレートを実行します………………いつ明かり切ってたっけ……もうこんな時間だし真っ暗だよもう」  時刻は22時前。元の503号室に戻された心音は、元の服装を着させられ、真っ暗な部屋の中で遠隔操作によって人格エミュレートが実行された。  元の人間としての挙動を取り戻した彼女は、まるで何事もなかったかのように部屋の明かりを点け、いつもの日常へと戻っていった。  彼女の記憶データ上には、午前中、家の前で起きた出来事は存在しない。ほぼ全て削除されている。  しかしそれを、彼女は不審に思うこともできず、平然と受け入れながら日曜夜の時間を過ごしていった。  また、心音の部屋に限らず全室の住人は隠しカメラによって常に監視されている。  それは人間だった頃からも変わらず、室内で突如何かしらの不具合が発生した時や、ただ単純に人間として生活している様を娯楽として眺める為に死角無く見られている。  彼女達には一切のプライベートはなく、龍平所有の機械人形として稼働し続ける運命にある。   自分の身体が全身機械仕掛けになった自覚もなく、いつの間にか家内から食料が排除されていることもおかしいと認識せず、今までの日常と地続きであるかのように稼働する。  こうして心音は、彼女の機械化と並行してメンテナンスが行われた杏子と同様に、ラ・メール夕山で稼働する人間のフリをした元人間のロボットの一体として、自覚ないまま人間社会で稼働し始めるのであった。

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