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 人間の為に尽くす機械、人間の暮らしを豊かにする機械は、過去から現在まで多岐に渡り、人々の生活を支え続けてきた。  機織り機、水車、洗濯機、石油ストーブ、冷蔵庫、掃除機。人はいつの時代も道具と共にあり、進歩し続けている。  そしてそれと同様に、現在に至るまで男女の営みや婚姻の歴史も無数に分かれて続いてきた。  一つになった相手に思う感情こそ千差万別複雑怪奇であり、人によっては過度に依存し、またある人によっては相手を人とも思わないような加虐対象となることもある。  そして、中には心の底から自分を損なってでも相手に尽くしたいという感情を抱く者もいる。  そんな人物が、人が自由に機械へと生まれ変わることができる時代に生まれ落ちた時、どのような判断を行うかは想像に難くないだろう。 「いってらっしゃいあなた。今日も待ってるわね」 「ああ、行ってくる。楽しみにしてるよ」  部屋着の上にエプロンを纏った服装で夫の下條冬馬を抱きしめて見送る、妻の下條晴香。  服の下からエプロンごと盛り上がる大きな乳房が柔らかく潰れ、見るにも美しいしなやかで目を引く身体と、シルクのように艶めく黒い長髪、お姉さんという形容詞が相応しい美人の顔立ち。  誰もが羨む理想の妻という言葉がよく似合う、女優やモデルと言われてもなんらおかしくない女性。それが晴香という人物だった。  偶然の出会いから進展し、今の夫である冬馬に惚れ、それからまるで他のものが目に入らないが如く一心に付き合い続けてきた。  冬馬も同じく強く晴香に惹かれ、ずっと一緒にいたいと思う程にその心を寄せていた。  時折つばを飲み込むような様子を見せるが、それは何かしらのくせなのだろうと全てを受け入れ、気にせず過ごし、ついには二人で暮らすようになった。 「さてと、冬馬のために準備していかなきゃね」  夫が去っていた後のドアをしばらく見つめて余韻に浸りながら、うんと背中を伸ばして身体を解す。  その瞬間の乳房の揺れと伸びは、男性が劣情を催すには充分すぎるほどのインパクトがあったが、この時それを見たものは一人としていない。  ふうっと息を吐くと、晴香はリビングからキッチンへと歩き、朝食の食器を片付けてスポンジを手に取り、水を弾かんばかりの肌を冷水に晒して磨いていった。 「これでよしと。えっと、この次は……」  泡を洗い流した食器を乾燥機の中へと丁寧に入れていき、それを閉じると、次は何をするべきかと考える。  そして晴香の脳裏に浮かんだのは、洗濯かごに放り込まれた夫の衣服だった。 「洗濯して、それから掃除機をかけて……うん、そうしましょっか」  一通りのプランを並べて、まずはその通りに早速行動を開始する晴香。  浴室の前に設置された洗濯機と、その隣に面倒くさくないようなと置かれた洗濯かご。  前日に来ていた衣服を次々と放り込み、洗剤を入れ、蓋を閉じて起動させた。  洗濯機の終了アラームまでまだ時間はあると、その間に晴香は早足で掃除機を引っ張り出し、目についた汚れやゴミが見える場所を中心に移動していく。 「洗濯機の音……こっちは後にしておこうかな」  洗濯終了の音が、携帯端末から発される作業を捗らせる為の音楽とけたたましい掃除機の音が響く室内に、割り込むように鳴らされる。  もう少しで床掃除も終わりそうというところではあったが、洗濯物を放置し忘れてしまっては困ると、晴香は一度掃除機の電源を切り、そちらを優先させた。 「うーんと、今日は……外に干そうかしら」  二人の家の洗濯機は乾燥機能も備えられている便利なものではあるが、せっかく外が晴れているのだからと、晴香は外干しすることを選んだ。  籠の中に脱水まで終えられた洗濯物を放り込み、濡れたことによって少しだけ重量の増えた服達をベランダ前まで運び出した。  一つ一つ洗濯バサミに掴ませていき、腕部分を広げて乾燥する範囲を大きくしながらぶら下げていく。  それを何度も続けて洗濯の全行程が終了すると、今度は一時中断していた掃除機の元へと戻っていった。 「えっと、確かここまで終わったから……あとはあの辺りね」  別の作業を挟んでしまったために少しだけうろ覚えになっていた終了範囲を指差し確認しながら思い出し、まだ手を出していない部分へ掃除機を持ち出して床掃除を再開させた。  そうして晴香は、ひとまずの家事整頓を一通り終了させた。時刻は既に昼食時。少しだけ腹の虫が鳴ったところで、その本能には大人しく従おうとキッチンへと足を運んだ。 「今はまあ……これでいいわよね」  冷蔵庫から、朝食に作った具だくさんのコンソメスープの入った鍋を取り出し、それを火にかけて温める。  湯気が上がり始めるまでの間、晴香はBGMをかけたまま携帯端末を弄り始める。  そんな時、一つのニュースに思わず目を惹かれた。 「へぇ……機械化サービス……」  晴香の目が釘付けになったそれは、人間を原料にして機械化改造を施し、生身の無いアンドロイドにしてもらうという中々に奇怪さの見えるサービスに関する物だった。  昨今、自身を様々な理由で改造してもらい、各々に抱いていた希望を実現していく人が若者を中心に急速に増えているという、一種の広告記事なのではないかと疑ってしまいそうな内容。  人間の他にも、人間そっくりなアンドロイドが住人として共生するように現代。確かに機械の身体に憧れるような者ならば、そのようなサービスは需要があるのかもしれない。  しかし、生まれ持った肉体を捨ててまでなりたいものなのだろうかと、晴香は少しだけ首を傾げた。 「そういえば、機械化サービス受けてた娘いたわね」  ふと晴香は、以前勤めていた職場の同僚に自分から機械化サービスを受けていた娘がいたことを思い出した。  彼女はまさしく陽の下に咲く純白の華と言っても差し支えない、美少女寄りの美人であった。  だがある時に少しの休日をもらい、それが終わった後には彼女は人間ではなくなっていた。 『おはようございます先輩! ねえ見てくださいよ、私、変わったって思いません?』 『変わったって……言われてみれば確かに』  出勤してからすぐに彼女は、晴香の元へと訪れて、とても嬉しそうに顔をぐいっと近づける。  以前から可愛かった彼女だが、元の顔の作りは変わっていないはずなのにどこか更に可愛くなっているようにも見えた。  目の前まで接近したアイドルのような顔は、肌がどこか人間らしくないがきめ細かく綺麗であり、眼の奥はカメラのレンズのように細かく動いていた。  元々大きめだった胸はもう少しだけボリュームが増しており、ボディラインもとても絵のように整っていた。 『私にはあんまりわからないけど……何か受けたとか?』 『そうですよ! 私、機械化手術を受けてきたんです。安いし、顔が良い自信はあるんで、それをこのままにしておきたいなーっていうのもあって、やってみようかなって』 『えっ、それって大丈夫なの? 元の身体にとかって……』 『ああ、元の肉体には戻れないですし、そもそもこの身体って私の身体を原料に作られたんですよ? だから、一生このままですね』 『本当に後悔してないの? その、これから子供作ったりとか……前の身体が恋しくなったりとか……』 『もう、先輩は心配性ですね。卵子は冷凍保存してありますし、別に未練とか無いから大丈夫ですよ。むしろ、この身体すっごく便利で楽しいくらいですよ! 先輩もした方がいいですって!』  最終的には自分にも勧められ、その時にはやんわりと断りはしたものの、改めて落ち着いた時に見てみると少しだけ気になり始めていた。 「……ちょっと、ちょっとだけ見てみようかしら」  勧められた時はそういうのに興味は無いし、怖いだろうなと思って意図的に避けていた。  しかし今は、その当時とは心境も状況も変わっており、大好きな夫である冬馬の為に尽くしたいと思っている分、もっと色々動けたらなあということもぼんやりと考えていた。  もしかしたらその望み通りのことができるかもしれないのではと、晴香は勧められた時に彼女が口にしていた会社名を調べ、機械化に関する情報を探し始めた。 「へぇ……ほんとだ。意外と安いのね。あっ、あの娘が受けた頃よりも安くなってるんだ……へぇ……」  思わず見つけた雑学にのめり込んでいくような感覚で、次々と未知なる世界の情報を仕入れていく晴香。  人体丸々使うということから意外とするのではと考えていたら思ったよりも現実的な価格設定、機械化に際してのメリット、機械化を受けたスタッフやブロガー、配信者の体験談、自身の動画内で楽しそうに自分に付加された機能を試す動画製作者など、ネット上に溢れるポジティブな意見を沢山目の当たりにした晴香は、湧き上がる興味がさらに強くなっていった。 「…………いいわねこれ。やってみよっかな……」  人間だった頃との感覚に差異は殆ど無く、むしろ機械になって新しい体験を得られる上に、出来ることもさらに増えていく。  もし機械になってからも人間らしいそれを得たいのであればそのようにも設定できるし、イメージされるようなアンドロイドのようになりたいならそうなることもできる。  知れば知るほど、人生の自由度を多方面に拡散してくれるというありがたい代物のようにしか思えない。機械化する人々が増加しているというニュースにも頷ける。  そんな人として新しい世界に飛び込みたいという期待感と、根本から自分を変えてみたいという願望、そしてなにより、愛する冬馬のためにもっと頑張れるかもしれない。  どうしようかと思考するほどに機械化しないという理由は浮かばず、その感情は大きく傾いていく。別に人間であるということに強いこだわりがあるわけでもない。ならば機械化した方が面白いのではないだろうか。  何度も褒められたことから、自分が美人であることはある程度自覚している。夫の冬馬もその容姿をとても好いてくれている。  夫の好きな自分、私の好きな自分であり続けたいという気持ちと、もっと役に立ちたいという感情が鼓動を強くする。  そして晴香は、一つの決心を固めた。 「……よし、私もこれやろっと!」  善は急げと、晴香は機械化手術を受けることを決めた。  早速予約を始めようとしたが、その前に家をしばらく開けることになってしまうかもしれないという心配が浮かぶ。 「あの娘は休みを取った上で……だったわね」  自分が家事を担当している中で、もし何日も日を開けてしまうということになれば夫に迷惑をかけてしまうことになる。  さすがにそれはいただけないと、晴香は現在休憩時間のはずである冬馬に連絡を取った。 「あっ、冬馬、今大丈夫?」 「ああ大丈夫。今休憩中だからね。どうしたの?」 「ええ、ちょっと……一日か二日くらい家を開けることになりそうなんだけど……大丈夫かしら?」  どのような用件で家を空けるのか考えているのか、少しの沈黙を開けてから再び冬馬が口を開く。 「わかった。けど……どういう理由なんだ?」 「それは……ちょっと内緒。けど、やましいこととかじゃないから心配しないで」 「……わかった。楽しみにしてるよ」  その声色からは、何かを疑っているような雰囲気は無く、心の底から信頼してくれているという気持ちを帯びた優しい声だった。  ほんの僅かにでももしものことを考えたが、そんなことを思っていた自分がとてもバカバカしかった。  ふうっと後悔の溜息を小さくついてから、晴香は早速、同僚の彼女も受けていたという場所へとネットからの機械化予約を申し込んだ。 「いきなりだけど、この身体ともお別れか……ふふ、私の身体、これからどうなっちゃうのかしら……」  誰もいないのをいいことに、上半身に着けていた服を脱いで、震えながら現れた形の良い柔らかな乳房を自分の手で優しく揉み込む。  今までずっと自分の物だった身体が自分から離れていくという初めての体験。いざそれが始まるとなると、少しだけ名残惜しいような感覚が生まれてくる。  晴香は乳首を弄り、興奮の息を漏らしながら、最後の一人だけの情事にしばらく浸っていた。 「あっ……ん…………とう……ま……ぁ……ぁ……」 * * *  妻からの留守予告から次の日。冬馬にとっては久方ぶりとなる一人だけの自宅を過ごしてからの出勤。  愛している人が、大好きな人がいないというのはこんなにも寂しい物なのかという気持ちを抱きながら、冬馬は帰ってくる妻の為にもこの日仕事に励んでいた。  そしてその日の帰宅道。通話の中で行っていた通りならば、晴香が帰ってくるのは早くて今日。もしいなければ、次の日まで会うのはお預けとなる。  出来れば帰ってきていてほしいし、愛する美人の顔を、姿を見て、互いに楽しく言葉を交わしながら心の底から癒やされたい。  そんな侘しさを思いながら、冬馬は自宅のドアへと手をかけた。 「あれ、開いてる……」    外出前には確かに鍵をかけたはず、ポケットにもキチンとプレゼントされたキーホルダーをつけた鍵も入っている。  ということは、彼女が帰ってきたのだろう。抱いていた寂しさが薄れ、ドアを開けて改めて自宅へと足を踏み入れる。 「おかえり冬馬! 今日もお疲れ様!」  少しだけ慌てたような足取りで迎えてくれたのは、下から盛り上がる胸が目立つエプロン姿の妻、晴香だった。  一日空いてからのいつもの日常風景。一見すると、晴香に変わった様子は見られなかったが、数秒程見つめていると、冬馬はどこか今までと違う違和感を覚えた。 「ああ、ただいま。晴香、なんだか前と変わった?」  変化を気にかけるさりげない一言に、晴香の表情は一気にパッと明るくなった。  今までと変わらず心がキラキラとときめくような美人。しかしたった二日程前と比べてさらに体型が整えられたような容姿、肌も真新しい絹のようにシミひとつ無い真珠のような肌にエプロンの下からでもハリのある乳房。  雰囲気的に若返ったような、たった数日で急激に美しさに磨きがかかったような。何があったのかはわからないが、そんな印象が冬馬の感覚に訴えかけられた。 「嬉しい……冬馬は気づいてくれると思ってたわ。私ね、機械化手術を受けてきたの」 「機械化手術……あれを受けたのか!?」  どのような理由があるのかはわからないが、自分には何も言わずに機械の身体になったことに驚きを隠せなかった冬馬。  顔を赤らめて、惚気を見せるような表情でぐいっと近づくと、確かにその瞳の奥はまるで家電量販店で販売されているデジタルカメラのように忙しなく、駆動音こそ聞こえていないもののその幻聴が脳内に響きそうな程に動いていた。 「黙ってたのはごめんなさい。けど、もっと冬馬の役に立ちたいと思ったし、機械化すればもっと新しいことできるかなって思ったの…………ん……ぅ……」  ずっと長い間待ち焦がれていたかのように、晴香はそっと身体を抱き寄せて一方的に唇を重ねた。  相変わらずの心地よい乳房の感触に、機械の身体にしてはそれほど力の感じない腕の強さ。  そして、重ねられた唇から感じる、確かに何度もキスを積み重ねた時と似たような、しかし人間のそれではないと本能的に感じさせる柔らかな感触。  舌を絡ませ伝わる唾液には味もニオイも感じない。ただその粘度が再現されているだけのような無色透明の液体。  妻が戻ってきてからの初めての行為。何度も家の中で、ベッドの中で重ねてきた契り。  たった一度のそれで、妻が確かに人間ではなく人間の形をした機械へと変わったのだと確信した。  だがそれでも、どんな身体になろうとも妻を愛することには変わりない。それを自らが望んだのならば、まだ戸惑いはあるが受け入れようと、冬馬は晴香の身体を抱きしめ返した。 「ん……ふ……冬馬……あたたかい……大好きよ……あっ……ん……」  口が塞がれていながらも、明瞭に発される声で心からの愛の言葉を紡ぐ晴香。  自分自身の選択を認めてくれたこと、もっと冬馬のために動けること、夫とこれからと一つになれること。  いくつもの感情が電子頭脳の中でざわざわと湧き上がり、機器類を熱く動かしていく。  それからしばらく、晴香は自分の気が済むまで冬馬と身体を密着させ、擬似的な唾液と人体から発される唾液を交わらせ続けた。 * * *  会えなかった僅かな、しかし長くも感じられた期間の間に積もった肉欲を一時的に発散した二人。  それから晴香は、とても嬉しそうにテーブルにロールキャベツやポテトサラダなどのおかずを用意し、冬馬の食事を快く出迎える。  この時、冬馬に一つの疑問が浮かんだ。 「あれ、晴香は一緒に食べないの?」 「ええ。今までと同じように食べることはできるみたいなんだけど、今日はちょっと、アンドロイドみたいに何も食べず充電だけで過ごしてみようかなって。ほら、せっかく身体丸々変わったんだし」  生まれ変わった自分の身体を、まさしくそのお手本のような過ごし方をしてみたいという願望は、冬馬にも理解できるものはあった。  まるで管理アプリがそのまま形になったような脳内の感覚と、そこから確認できる自身のボディの状態。  それだけでも今の身体を自覚するには充分すぎる材料だが、はたして本当にロボットのように食事をすることなく供給される電気のみで動き続けられるのか。空腹に苛まれずに一日を越せてしまうのか。  そんな好奇心が、晴香の中に生まれていた。 「それに、今は冬馬の食べる姿を見てるだけで幸せなの。私の眼の中のカメラで録画してるのよ」  テーブルを隔てた位置からは流石に見えないが、今も晴香の瞳の奥は、冬馬の顔を映像に残そうと細かく動作を続けている。  今までに無い会話の内容の連続に慣れない冬馬。ようやく食事に手を伸ばそうとした直後、冬馬は食卓に必要であろうものが無いことに気がついた。 「あれ、ご飯がないな」 「あっ、ごめんなさい……ちょっと浮かれ過ぎちゃったわね」  一日ぶりの再会と新しい身体に夢中になっていたか、いつもは忘れるはずのない茶碗に入った一杯のご飯のことを忘れてしまっていた。  ちゃんと食事を用意しなければと晴香が立ち上がったその直後、炊かれた白米が保温されている炊飯器が、誰も触れていないにも関わらずひとりでにその蓋を開き始めた。  その光景に思わず、冬馬は、えっ? と声を出してしまった。 「どう? すごいでしょ? 私ね、無線操作で家電を動かせるようになったのよ。こんな風に手で触らなくても動かせるし」  子供が玩具を楽しんでいるかのように、自分の身体の機能を存分に楽しんでいる様を見せていたその時、冬馬の携帯端末から突如着信音が鳴り響いた。 「ああ、ちょっとごめん」  嬉しそうに語る途中に申し訳ないと思いながらも、ポケットからそれを取り出して画面を覗くと、そこには目の前にいる妻からの電話番号が表示されていた。  晴香の両手はテーブルの上に置かれ、通話を行うような素振りはちっとも見せていない。  ハテナマークが浮かんだまま数秒考えて、さては今見せた遠隔操作を携帯端末に対してやっているなと見当をつけ、冬馬はその着信を受ける。 「……これでいいかな?」 「ええ。こんなこともできるようになったのよ」    その声は目の前からではなく、耳に当てた端末のスピーカーから発されていた。  相変わらず手と口の位置は変わっておらず、その不可解さに冬馬はさらにハテナを増やした。  そんな驚く様に、晴香は柔らかく満面な笑みを見せて、通話越しにその声を続けた。 「口を動かさず声も出さずに喋れるようになったわ。だからこうして音声を送れるし」 「こうやって今まで通りに見つめ合って話すこともできるの」  途中から声の発信源を元の口へと戻し、人間だった頃と同様に口の動きと声がちゃんと合っている様を改めて披露する。  こんなに短い間にもうここまで自分の身体を使いこなしたのかと、冬馬は共に暮らす以前から知っていた晴香自身のスペックの高さにつくづく驚かされた。 「いや、すごいな……いきなりのことで驚いたけど、もうそんなに機械の身体を使えるようになってるんだ」 「帰ってくるまでに色々一通りの目ぼしい機能試したり、少しずつマニュアル読み進めてたの。まだまだ色んな機能があるみたいだから、これからもっと楽しめるようになるわ。さ、これ以上話すと冷めちゃうから食べて」  少しずつ新たに付与された妻の魅力に少しずつ引き込まれていく冬馬。  いきなり変わってしまったときは否定的な感情も多少なりとも抱いていたが、ここまで楽しんでいるのであれば不満もなさそうだし野暮だろうし、条件反射で否定することもないと、冬馬は機械となって初めての妻の料理に舌鼓を打った。 * * *  その日の夜。丁度良い湯加減の入浴と気分転換を終えた冬馬は、二人で共有している寝室へと足を進めた。  消されていた部屋の電灯をつけると、そこには既にその日の家事を終えた晴香がベッドの中でじっと待機していた。 「電気くらいつけてても良かったのに。目悪くなるでしょ」 「私の眼はもう悪くならないわ。でしょ?」  「ああまあ、そうだったね」  突然のことでありながら、時々見せるそれらしい機能以外には完全に今まで通り人間にしか見えない晴香に未だ慣れない冬馬。  夫が入るであろう場所を自身の体温で温めて、ささっと移動して快適に入れるように状態を作っておく。  妻の愛に触れながら、冬馬はそっと隣り合うようにベッドに入り込んでいった。 「ねえ冬馬」 「ん、どうした?」 「あの……いきなりこういうことした上で、受け入れてくれて本当にありがとうね。驚かせたかったからって勝手に身体を変えたわけだから、何言われてもおかしくなかったもの」   「気にしないよ。そりゃビックリはしたけど、無理矢理ならともかく晴香が望んだんだろう? だったら、それを受け止めるよ」 「冬馬……」  顔を赤らめて笑顔を見せるその中で、瞳の奥は無機質に大きな音も立てず動き続け、大好きな夫の顔を正確に捉える。  そんなアンバランスさが、冬馬の中に色っぽいと思わせるような何かを感じさせる。  自分の妻に、今までに感じたことのないような魅力が生まれたような、胸の鼓動が高鳴るような何かが、もっと愛したいと思うような何かが。  冬馬は身体を密着するまでに晴香の側まで近づき、そっと優しく抱き寄せた。 「大好きよ冬馬……とっても大好き。いつも、こうしてる時もとても幸せ……」  ぐっと顔の距離が近くなり、より鮮明に目の奥の動きがわかる。  何度かセックスを行ったこともあり、その度に身体を密着させているが、本当は必要なのか定かではない呼吸には人間の時に感じた生暖かさは無く、瞳も人工涙液によって潤っているが、まさしく人間を再現しているという雰囲気で清潔に保たれている。  服越しの身体の感触もとても柔らかく、ずっと抱きしめていたいくらいだと本能的に感じさせる。  二人の間での情感が急速に高まり我慢の限界に到達した瞬間、機械化してから二度目のキスを交わした。 「ん……んぅ……ん……あっ…………」  体内のタンクに貯められた人工唾液が次々と排出され、口内を潤し舌同士を交わらせる。  無味無臭のそれが、人間の分泌液と混ざり合い、舌での自動的な成分分析の後にデータ登録が行われる。  今の妻の身体は全て作り物となっているはずだが、今までのキスの感触と殆ど変わらず、むしろその時よりもうまくなっている。  情熱的に抱き合い、絡み合い、二人の感情はどんどん高まり、互いの服を脱がせ合い始めた。 「初めてこの身体でするのね……ちょっと、緊張しちゃうかな」 「大丈夫か? 何か、そういうのができないとかあったら」 「ううん、むしろ性行為の機能って結構充実してるのよ。それに、もうコンドーム付けたりピル飲んだりしなくても妊娠しないから、いくらでも私の中に出して?」  擬似的な息が荒くなり、瞳がとろんと垂れ、興奮が強まっているのをまじまじと感じさせる晴香。  ベッドの奥では、人工唾液と同様に無味無臭ながらも、微妙に粘度が違う人工愛液が、旦那の一物を受け入れるためにとろりと垂れ始めていた。 「大丈夫。卵子は保存されてるからちゃんと子供も作れるわ。だから……私の身体、冬馬の好きにして?」  晴香の人格データと、人間の脳へと性感を煽り立てるように行われた絶妙に調節が混ざり合い、冬馬の性欲にピンク色の声を通す。  一回の大きな心臓の鼓動が聞こえてきそうな衝撃に、冬馬はもう我慢が出来なくなった。  自分が上に覆いかぶさるように身体を動かし、力強くいきり立った肉棒を、妻の元来のそれを原料にして忠実に造られた女性器ユニットへと挿入していった。 「ああっ! 冬馬ぁ……あったかぃ……激しい……あんっ! あっあっ……」  外気に触れていたならば艶めいて見えるであろう程に濡れた割れ目は、その棒をあっさりと受けいれ、人間だった時よりも更に動作の自由を手に入れた膣が、搭載されたプログラムに従って気持ちよくなるように的確に刺激していく。  潰れるほどに押さえつけられている乳房の極上のクッションのような感触もとても強い興奮を与え、性感帯として設定された乳首からも膨大な快楽信号が発生し、晴香の表情は今までに体験したことのない悦びを見せていた。 「はぁ……晴香……ぁ……うっ……晴香ぁ……大好きだ…………はっ……」 「あんっ、あんっ……ああっ! 私も……冬馬が好きで好きで……あああっ! はあっ!」  冬馬が腰を動かしやすいように細かく位置を調整しながら、肉壁が擦れるたびに、子宮口が突かれる度に下半身を震わせて快楽信号に浸る晴香。  人間としての肉欲を機械の身体で味わう新感覚に、端整で美しい顔はだらし無く力が抜け、口の端から人工唾液がつつっと垂れていた。 「あはあっ、きもちいいわ……ぁっ! あっあっ、あんっ、あんああっ! だめぇっ! い、イク! 冬馬ぁ! いっちゃううう!!!」  人格データの処理が激しくなり、電子頭脳から発せられる熱から未知の気持ちよさを感じながら、肉欲的な快感と機械的な快感の挟み撃ちになる晴香。  一方の冬馬もだんだんと息が激しくなり始め、正確な刺激による快感からまもなく絶頂に達しようとしていた。  そして、晴香の膣内を通して子宮ユニットの中へどくどくと愛する夫の精液が流し込まれ、一切妊娠のしないタンクとしての役割を果たした。 「はぁ……はぁ……あっ……ああっ……ん……冬馬のあついのが……私の中にぃ……あはっ……冬馬……ぁ……気持ちよかった……?」  疲れることの無い機械の身体は、膨大に発生する快楽信号と人格データの感情の処理によってフル稼働し、擬似的に余韻の状態を作り出す。  撃ち込まれた子種を下腹部に感じられることに幸せを感じながら、晴香は愛する夫に新しい自分の身体の具合を聞いてみる。 「うっ……はぁ……はぁ……うん、とっても……よかった……本当に……」  それは嘘偽りのない心からの本心だった。  人間だったときも、お互いの体温や感触を共有しては不自由なところもありながら愛し合っていた。  しかし今は、その時の愉しさをそのままに何ひとつの不満もなく最高の性行為を営むことができた。そこに問題などどこにもない。  互いに顔を緩ませつつ、愛の言葉を交わし合う二人。 「あはっ……ありがとう冬馬……私……機械になってよかった……これからもよろしくね……」 「ああ、一緒にいよう晴香……」  人間の男と機械へと生まれ変わった人間の交わり合いを終え、本心からの感情を吐き出し合い、何度したかもわからないディープキスを重ねる二人。  相変わらずの無味無臭だったが、その時の晴香の唾液はとても熱く感じた。 * * * 「設定された時刻となりました。スリープモードを解除します」  機械の身体で夫との愛欲に溺れ、そのまま満たされた気持ちのまま眠りについた次の日の早朝。  晴香は予め設定していた起床時間にきっちりとシステムメッセージを小さなボリュームで発しながら目を覚まし、復帰直後の気怠さだけを感じながら、夫を起こさないようにとゆっくりとベッドから抜け出した。  汗や垢も出ない以上、人間だった頃よりも汚れの心配の少ない部屋着と下着を手にし、上半身だけ着直しながらゆっくりと洗面所へと向かった。 「寝起きも今までより全然スッキリしてるし、なんだか動きたいくらい……本当にすごいわね機械の身体って」  新しい身体の素晴らしさを実感しつつ、洗面台の前に立つ晴香。  肌荒れや目やにの発生もない為に、軽い洗浄でも事足りるという状態だが、彼女がここに来た目的はそれとは別にあった。 「えっと、確かここを外して……あっ……ああっ……」  晴香は晒されたままの下腹部に手を当てると、カチッという音と共に皮膚ごとパネルが全面へと押し出される。  それを外した奥には、元々の形と色を完璧に模した人工子宮が納められていた。  同様に股間からも無機質な音が鳴り、女性器ユニットのロックが外れてシリンダーのように外れる状態となる。  触れる度に快楽信号を感じながら、晴香はその二つのパーツを直接取り出して洗面台の中へと置き、水道の蛇口を捻った。  人間ではなくなったために、体内に排出された液体は自らの手で洗浄し清潔に保つ必要がある。  前日に行った夫との性交により子宮ユニットに液が溜め込まれ、その一部が膣内にこびりつき、それを洗い流すために彼女は早朝にこのような手順を踏むこととなった。 「これが私の……機械だってわかってなかったら……いや、それでもグロいわね」  所々に金属部品は見え隠れするものの、その色も身姿も完全に肉そのものであり、猟奇的な事件でも起きてしまったかのようなイメージを思わせる。  冷水に晒される二つの性器をしばらく眺め、それから彼女は子宮ユニットを手にとって内部の精液を掻き出した。 「本当は溜め込んだままでもいいのに……なんだが、自分の手でこういうことするのが申し訳なく思うわね。あれだけ求めておいて……」  愛の行為の結果が水道水と共に流れていく。触れる度に花火のような快感を迸らせた器官に洗剤を流し込み、支給されたブラシを使って泡立てながら磨いていく。  無線接続そのものは可能だが、今の洗浄行為にはあまり必要がないし、この時間に声を出してしまっては間違いなく夫を起こしてしまうだろう。   「……けど、この身体にして良かったわ。冬馬のために、一緒にもっと幸せになれそうだもの」  ごしごしと自身の性器をまるで掃除道具を扱うかのように磨きながら、晴香はこれからの生活に思いを寄せて鏡の前で微笑んだ。

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