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 他者に向けて強い愛情、好意、憧れを抱いた者は、大小に関わらず対象と一つになりたい、同じになりたいという同化願望を抱く事がある。  同じ服を着たい、同じ振る舞いをしたい、同じ物を食べたい。行き着くところまで行けば、同じ容姿、同じ存在になりたいとすら思う者も現れる。  そして、中には相手に自分と一緒の何かになってほしいという押し付けを強いる人物すら存在する。  成功すれば間柄が強固になる可能性もあるが、そのリスクは余りにも高く大抵失敗に終わる。  だがそれは、人間間での話である。  人と同じ姿をしながら、近しい思考も可能であり、なおかつ自由な改変が行えるアンドロイドがそれを他者に向けたらどうなるか。そして、対象が人間だった時、相手を造り変えてしまった場合はどうなってしまうのか。  アンドロイドの存在が一般的ではない時代。とある都心の高校にて、木藤咲良という高校二年の女生徒がいた。  彼女は、藍色をふんわりと混ぜた透き通るような黒色のさらさらとしたセミロングの髪に、所属する学年よりも大人びて見える胸を射抜かれそうな程に綺麗な顔立ち、麗しさを張り付けたような白い肌、すらっと伸びるしなやかな足、華奢ではありながら色気に満ちた体型に制服の下から主張する二つの乳房。  その雰囲気はまさしく清楚を体現したような姿であり、男子生徒からの人気はとても高かった。 「あっ、きたきた」  そんな咲良には、一人心の底から好意を抱いている同級生がいた。 「チッ、また来る気……」    その相手とは、同じクラスの早崎杏子だった。  やや強気な雰囲気を帯びた釣り目の、ほんのりと幼さを残しながらそれでも同年代よりも成長しているような胸を打つ顔立ち、やや茶色っ気のあるミディアムヘアー、それでいて僅かに咲良よりも背が高く、胸の大きさも負けていない。  咲良よりもやや洒落っ気のある女生徒だった。 「ねえ杏子さん、私とお昼一緒に食べない?」  物静かでミステリアスな雰囲気を常に醸し出している咲良だが、杏子を昼食へ誘おうとするこの時だけは、ちょっとだけ無理をしていながらも珍しい笑顔を作り出していた。  そんな美女の誘いに、杏子は心底不愉快そうな顔で溜息をついた。 「あのね、あんたさぁ、前からずっと言ってるじゃない。あんたとは食べたくないってさ。何回言えばわかるの?」 「ええ、わかってるわ。それでもよ」 「はぁ……いい加減にしつこいのよ。どっか行ってくれない? 視界に入るだけでも鬱陶しいわ」  この誘い自体は一回や二回ではない。  過去にも何度かぶつけた明確な拒絶の意思をもう一度表情と共に口にする。  咲良は残念そうな顔を見せ、弁当を手にしたままその教室を出ていった。 「ひでーよな、咲良さん仲良くなりたそうだったのに」 「あんな態度で断ることねーよな」  そのやり取りを見ていた一部の男子生徒が、小さな声でその行為を非難する。  当然そんな声が、杏子の耳に届いていないはずがない。 「ほんっとうざいわね……なんなのよもう」  気に入らないという負の感情が燃え上がり、その一つ一つの言葉が薪のように焚べられる。  元々好意など欠片も持っていなかったが、最近は特にそれが憎悪へと振り切るようになってきている。  行った行動そのものは、咲良に非があるわけではない。ただそれ以外のいくつもの要素が杏子にとって面白くなく、それが全てに優先されているだけなのだ。 「……いらついてしょうがないわ」  聞こえてくる声も不快で仕方ないと、杏子は気分転換のために教室を離れ、誰の声も聞こえない落ち着ける場所で昼食を取って心を鎮めることにした。 * * *  自分の知る限りで全くと言っていいほど人が来ず、そこそこの広さで落ち着けるスペースと考えて該当した場所。それは屋上だった。  数ヶ月に一度かどうかレベルで滅多に来ることはなく、時折ドアが施錠されている場合もある。  そんな目立たない所に、杏子は珍しくやってきた。  いつもは同級生と談笑したり、一人でも教室で食事を進めることが殆どだが、今回ばかりは他者の意識を思考に入れたくないと、この場所を選んだのだった。 「ようやく落ち着けるわね。ったく、あいつのせいでめんどくさいったらありゃしないわ」  空気に霧散する愚痴をはっきり声に出しながら、座り込めるスペースへと足を進める杏子。  やっと心を休めることができると思ったのも束の間。その計画は予想外の事態によって脆くも頓挫してしまった。 「あら、杏子さん? どうしてここに?」 「げっ…………」  よりにもよって、今心の底から一番会いたくない人物に遭遇してしまった。  そこにいたのは、開けた様子の無い弁当を横に置いたまま、じっと丁度椅子のように扱えるスペースに腰を掛けた咲良だった。  座ったことにより白く程よい太さの太腿が強調され、目を逸らそうとも確実に一度は目を引かれるような魅力に溢れていた。 「もしかして、私と食事してくれるんですか……?」  好意を向けている相手が目の前に突然現れ、わかりやすい程にはっきりと喜の声色を出す咲良。  もしかしたらという希望を懐きながら、咲良は笑顔を作って手を伸ばしてぎゅっと握手をした。 「触らないでよ気持ち悪い!」  強い拒絶を明確に表した嫌悪の表情を一瞬で浮かび表し、触れてきた手をぱちんと音が鳴るほどに強く弾いた。  一歩下がり、あんたから発される息すら吸いたくないというような態度で睨みつける。 「……あの、どうして私をそんなに嫌がるんですか? 私、何か杏子さんを傷つけることでも……」 「別に、あんたから何かされたとかそういうのじゃないわよ」 「ならどうして……」  何をされても、ずっと変わらない好意を抱き向け続けている咲良。  拒絶の理由がいまいち掴めず、もしかしたら何度も昼食に誘い続けているからだろうかとも考えたが、今の質問への返答によってその可能性は無くなった。  しかしそれによって、もっとその理由が不明瞭となってしまった。  咲良は更に理由を追求しようと質問を返すと、杏子はさらに大きな溜息をつき、じとっと軽蔑を含めた鋭い視線で睨みつけた。 「あんた、やっぱり自覚してないのね」 「何がでしょうか……?」 「あんたさ、いい加減にしたら? 大っきらいなのよそういう私純粋ですみたいな態度がさ」 「……はい?」 「そういうところだって言ってんのよ。成績も良くていかにもな育ちのいいお嬢様って感じで、そんなラブドールみたいに綺麗な身体して胸も大きくて、媚びっ媚びな風体して清楚ぶって。あんた男受けでも狙ってるわけ? それであたしをダシにして見せびらかしにきてんの?」 「そんなことないですよ。私は本当に杏子さんのことが好きで」 「はいはいそう言うわよね。あんたが言うと何もかも嫌味にしか聞こえないわ」 「でも、杏子さんも男子には……」 「はあ? なに、マウント取ろうってわけ? あんたの方が人気だってわかってるわよバカにするのも大概にして」  これまで溜めに溜めてきた一方的な嫌悪、憎悪、不快、反発が爆発し、今までずっと心の奥底で思ってきた事を全てぶちまける杏子。  人間離れした美貌と体型でいながら、それを鼻にかけず平静を保っている。自然と男子生徒から人気を得られるような仕草を導き出していたが、そこには意図も何もない。  そんな素晴らしいくらいに人気のキャラクター性を確立した人間である様をナチュラルに出している人物が度々誘ってくる様が、杏子には最大限の嫌味として写り、ずっと苛立ちが収まらない対象となっていたのだった。 「ほんと、一日でも早く別のクラスになってほしいくらいだわ。なんで私なんかに構ってくるんだか。本気でムカついてしょうがないから、私の前に顔を出さないで。声も出さないで」  最後に捨て台詞を吐き、杏子は結局昼食を一口も摂ることなく屋上から去っていった。  砂埃混じらない青空のような透き通る風が吹く屋上で、咲良は杏子がいなくなった後も不自然な程にその場に立ち尽くしたまま動かなかった。  風でスカートが捲れようとも押さえることもせず下着を晒し、ぴくりとも動かない。  そして五分程経ったところで、咲良はにやりと笑みを浮かべた。 「杏子さんがついに本音を言ってくれた……そう、そうだったのね。そういうことだったのね」  面と向かって履かれた一言一言を思い出しながら、右腕を胸の谷間に乗せてぎゅっと手を握る。  直後、咲良の口の動きがピタリと止まり、ぱくぱくと声も出さずに口だけを動かし始めた。  すると、そこから咲良の物では無い別人の声が発され始めた。 『あんた、いい加減にしたら? 大っきらいなのよ』  それは先程ほぼ一方的に喋り続けていた杏子の発言そのまんまの物だった。  口パクの動作も完璧に合わせられているが、声のボリュームは抑えられている。  それを全て喋り終えると、咲良は再び恍惚を表すように顔を赤らめて両目を垂れさせた。 「あんなに杏子さんと話せたの初めて……でも、これでもう決心がついたわ。ラブドールか……ふふ」  咲良の内心にて形造られた一つの目的。  それが実行された時のことを思い、彼女は股間と胸に手を当てて興奮の息を上げ始めた 「大丈夫よ杏子さん。もうすぐに私と同じになって、私のことを好きになってくれるから……ふふ……杏子さん……」 * * *  その日の放課後。青空をオレンジ色が染めていった時間帯。  杏子は友人達と分かれて一人自宅への帰路についていた。  あの心からの本音をぶち撒けてから、咲良は一言も話しかけることもなく、目を合わせることすら無くなっていた。 「ははっ、いい気味だわ。ほんっとムカついてしょうがなかったわね」  心の凝りがごっそりと取れたように、晴れやかな気持ちで歩みを進める杏子。  この最高の気分のまま、帰ったら何しようか、それとも外食にでも行こうかとご褒美のように考えていた。  その時、周囲に誰もいない車一台分の横幅しか無い通路にて、目の前から一人の制服をした人物が姿を現した。 「…………どうも、杏子さん」 「咲良…………!」   先回りしていたのか、そもそもこの帰り道を通ることを予測していたのか、それともそんなくだらない情報を渡す者がいたのか。  ようやく煩わしい相手と関わらなくて済むのねと思っていた矢先に眼の前に出現した不快の原因。  杏子は心の底からの侮蔑の表情を向けて、嫌々ながら口を開いた。 「一体何の用なのよ。もう近づかないでとも話しかけないでとも言ったわよね。聞こえなかったのかしら」 「いえ、全部ちゃんと聞いてました。それでですね……杏子さん、私の家に来ませんか?」  その一言の意味不明さに、杏子の脳が中心部まで凍りついたように無言の時間が続いた。  まるで全てが止まったような数秒間。空気の流れが分かりそうな程の静寂を解き、杏子が抑えきれずに笑い始めた。 「あっはははは!! 何それ! 本気で言ってるのかしら!?」 「はい、私は本気ですよ。私の家に来ませんか?」  杏子はこの時、初めてこの女に対して優位に立てる弱点を見つけたのかもしれないと大いに心の底から喜んだ。  あれだけ罵倒し、徹底的に否定してから二度と関わるなとまではっきりと言ったにも関わらず、それから一日も経たずに自宅へと誘うという友達に対して行うような行動を起こしてきた。  理知的なイメージも周囲から抱かれているだけあって、人の意思を汲み取れないような言動と行動をぶつけてきたことが愉快で仕方なかった。  録音の準備がこの瞬間に出来ていないことがとても惜しいが、少なくとも杏子の中ではまともに会話できない女としての印象が強く刻まれた。 「あははは……はぁぁ……ああ面白いわ……いいわよ、乗ってあげようじゃない」 「それじゃあ、私の家に来てくれるんですか!?」 「いいわよ、付き合ってあげようじゃない。仕返しでもしようかって魂胆なんでしょうけど、私には通じないから」 「仕返しなんて考えてないですけど……よかった。杏子さんが来てくれるなんて、とっても嬉しいです!」  根本的に何かがずれていると感じさせる反応。この調子ならば、何かこの女の弱みが握れるかもしれない。  本音を言えば行くことすら憚られるが、これまでの不愉快さをまとめて倍にしてぶつけられるような何かがあるかもしれないと考えると、それだけでも足を運ぶ理由になるというもの。 「それじゃ行きましょうか。こっちですよ」  まるで悪意を微塵も感じていないという表情で、咲良は自宅へと杏子を案内し始めた。  その後ろでドス黒い感情を煮えたぎらせていることに気づいていないのか否か。  杏子はおとなしくその足跡をついていき、邪な目的の為に咲良の家を家主と共に目指していった。 * * *  咲良の自宅を目指して、大嫌いな眼の前の相手の後ろについて歩いていく杏子。  何度後ろから小突いてやりたい、殴り倒してやりたいと思ったかもわからないが、この後徹底的に痛めつけてやるために、今後一切の主導権を全て握るためにここはグッと我慢した。  目的地まで向かう間、二人は不自然な程に会話を交わすこともなかった。  そしてしばらく移動を続け、目的地である咲良の自宅に到着した。 「付きましたよ杏子さん。ここが私の家です」 「……はっ? ここに一人で住んでるわけ?」 「そうですよ、ここで一人暮らししてるんです」  驚く理由も無く当然のような顔を見せる咲良と、目を丸くしてわかりやすく驚愕する杏子。  その視界に入ったのは、一家族が何十年分のローンを組んで建てるような新しめの二階建て一軒家だった。  両親や兄妹と一緒に暮らしているならまだしも、そんな大きな家を一人で使っているという証言に、目を大きくしながら更に一つ一つの発言が鼻につくようになった。 「こんなとこに一人ったって、両親とかどうしてんのよ。贅沢すぎでしょ」 「両親……? さ、どうぞ上がってください」  杏子が口にした質問に対しての返答に、どこか強い違和感を覚えた。  まるで両親という存在そのものが抜け落ちているような、不自然な疑問符。それか間をおかず、誤魔化しているような口調ではないがすぐに話題を変えられた。  これはもしかしたら秘密の一つを握るチャンスなのではないかと考えたが、今は家の外であり誰かに見られてしまう可能性のある状況。  無理に踏み込むようなことはせず、杏子は言われた通りに咲良の自宅へと入っていった。 「おじゃましま……す……?」  嫌悪する相手のから家でも、一応の礼儀は忘れずに口にする杏子は、靴を脱ぎ揃えて上がり込む。  直後、得も言われぬ奇妙な違和感を覚え始めた。  ドアの向こうの景色が異様に淡白すぎる。これだけの大きな家を持っているのだから、元の所有者は関係なくとも多少の金銭は所持しているはずである。  しかし、そのような模様替えの様子はただの一片も見られず、玄関にはマットも無く空気を変えるような小物も無い。  見える範囲で宅内を見渡しても、まるで建てられた当初の形を保ったままにしか見えない。まるでシンプルな家の模型をそのままリアルにしたような姿を見せていた。  どのように痛めつけてやろうかと勇み行ったはずだったが、今は逆に正体の掴めない不気味さが胸中に溢れ始めた。 「どうしたの杏子さん、こっちですよ?」  口角を上げて微笑み、二階への階段に来訪者を誘う咲良。  その様相こそ今までと変わらないものだが、この光景を見たあとでは、どこか底知れぬ恐怖を覚えるようになっていた。  自然な笑顔ではあるが、錯覚なのかなんなのか拭えない無機質感。  だが、ここで引き下がるわけにもいかないと、杏子はそのまま足を進めて、共に二階に進む。 「ここです。ここが私の部屋ですね」 「へ、部屋? 一人暮らしなのに自分の部屋とかあるんだ……」 「複数部屋があるんでしたら、用途によって分けて使ってみたいと思いませんか? 勉強部屋とか、運動部屋とか」  言っていることは最もである。  こればっかりは一々他者の所有物の用途に口出しできず、何より感覚的には理解できるものがあるため、杏子はまあ……確かに、と納得した。 「どうぞ。私の部屋です」 「…………??」  しかしその納得は、直後の光景によって粉砕した。  眼の前に現れたのは、押し入れとコンセント以外は何一つ、家具や机すら存在しないまっさらな部屋だった。  そんな空っぽの場所を自分の部屋と呼ぶすぐ横の同級生に、杏子の不可解な恐怖は一気に湧き出してきた。 「……やっばあたし帰」 「杏子さん、そんなこと言わずに」  理解の及ばない空洞のような部屋に、先の読めない展開。  弱みを握るという当初の目的も隅に置き、杏子は部屋を出てそのまま帰ろうとした。  だがそれを止めるように、咲良はドアを閉めて塞ぐようにその前に立った。  この時杏子は、退路を塞がれたという焦りを露わにした。 「退きなさいよ! あたしは帰るって言ってるでしょ!!」 「まだ来たばっかりですよ? 一緒に楽しみましょうよ」 「触らな…………!?」  余裕が無くなり、一刻も早くこの家から抜け出して逃げようとした杏子。  そんな姿に全く動じていない様子の咲良は、身振り手振りで訴える杏子の手を握る。  瞬間的に間欠泉の如く噴き出した不快感に脊髄が反応し、思いっきり払い除けようとした。  しかしその動作は、見た目の細腕に全く釣り合わない万力のような力強さで抑え込まれた。  押しても引いてもびくともせず、まるで空中に固定されたかのように動かない。  いざとなればこっちが力づくの手段に出られると思っていたが、実際は逆だったのだ。  面白がりすぎてあまりにも迂闊だった。杏子の血の気が引いていく。 「離せこの粘着女!! 気持ち悪いのよ! いいからそこから退いて! 退きなさいったら!!」 「杏子さん、まだ来たばっかりなのに……まだこれからですよ?」  杏子が感情を剥き出しにし、全身を使って暴れている一方で、まるで画面の向こうの出来事かのように両腕を掴みながら、もっとこの家で私と一緒に遊ぼうという意思を見せる咲良。  その温度差は同じ空間に、ましてや眼の前にいるとは思えない程だった。  そして、咲良は暴れる杏子を落ち着かせるための手段としてか、ぎゅっと腕ごと抱きしめて、大人びた妖艶な表情と共に唇を押し付けた。 「んん!! んーー! んん……な、なにすんの……ん……」  その感触はとても柔らかく、人肌の温かさと心地良さがダイレクトに伝わるような未体験の領域。  しかしその唾液は、人体の分泌液にしては妙に甘く、まるでそのように味付けされた薬品を舌に乗せているようだった。 「ん……ん……ぅ……杏子とのキス……柔らかい……温かい……ん……」 「ん……ぁ……なに……を……んぅ……」  高校生離れした甘美な舌使いで無理やり絡んでいく咲良。  杏子側の感情は未だ変わったわけではなく、当然今でも逆恨みに近い反発を抱いている。  しかし、キスを交わされた時から妙に身体が熱く、肉体的な交わし合いを行いたくて仕方がない。  意思を以て抵抗しても、身体が勝手に動いていく。こんな奴とこんなことしたくないのに、奥底が疼いて仕方ない。 「あ……た……し…………なに……を……」  今までに感じたことのない性感の後、杏子は突如猛烈な眠気に襲われた。  いくら性感を覚えても抵抗だけは続けていたが、とうとう腕にも足にも力が入らなくなってきた。  薬でも盛られてしまったのかと可能性を考慮したが、そんなことをされた記憶は無いし、そのような物を口に含んだ覚えもない。 「ふざ……け………………」  意識が遠退き、身体が床に沈み、目蓋が落ちていくその途中、杏子はたった一つだけ薬物らしきものについての予測が浮かんだ。  それはキスされた直後、舌を伝って流し込まれた彼女の唾液だった。  人間離れした握力、異様な無機質さ、そして不思議と甘い唾液。  それらが結びついた直後、杏子の意識は闇へと落ちてしまった。 「…………眠ってしまいましたね杏子さん」  口からとろんと唾液が糸を引き、床に落ちて小さな跡を作る。  先程まで顔を赤らめて愉しんでいたのに、ふっと無表情になった咲良は、意識が落ちた杏子の身体を軽々と抱え、両手両足を使わずドアを開けた。 「ずっとこの日を待ってました、私と杏子さんが一緒になれる時を。もうすぐです。私とずっと愛し合いましょう杏子…………」  背筋を伸ばした綺麗な姿勢で階段を降り、リビング手前のドアを開放する。  その奥は真っ暗だが、センサーが人物の存在を感知すると、地下へと通じる階段が暗闇から姿を現した。  一歩降りる度に、振動によって小さく揺れる杏子の身体。  よく眠った子供のように目を覚ますことは無く、そのまま二人は得体の知れぬ場所へと消えていった。 * * * 「ん……うう……はっ! あたし……は……」  いつの間にか意識を失い深い眠りについた杏子は、今までに起きたことを思い出そうと脳内の記憶を引っ張り出そうとする。  確か咲良という不愉快な女の宝の持ち腐れのような家に上がり込み、それから自分の部屋と称する何も無い部屋に一緒に閉じ込められ、それから強引にキスされて、それから……。  そこで杏子の記憶は途切れた。どうやら咲良の突拍子もない行為によって、いつの間にか意識が切れてしまったらしい。 「あのクソ女……絶対に痛い目に合わせてやるわ……」  これ程屈辱的なことはなかった。  自分が優位だと思っていた矢先に油断し、何よりその得体の知れなさに腰が引けてしまっていたことは否定できない。  だがその事実が、むしら怒りを更に増幅させていった。  このままでは済まさない。済ましたくない。相応の、倍以上の仕返しをぶつけなければ気が晴れない、杏子は身体を起き上がらせようとした。 「…………あれ? なん……で……?」  その時、身体に奇妙な違和感を覚える。  今自分はどこかに寝かせられている。背中から伝わる冷たく無機質な感覚もはっきりと感じられる。  それなのに、指一本すら動く気配が無い。首すらも左右に揺らすこともできず、まるで金縛りにでもあったかのように全身の動作が封じられてしまっていた。  そうしてようやく、自分の視界に写る情報を噛み砕こうとした。 「ここ、どこなのよ……」  記憶がとぎれる前にいた場所は、不気味な雰囲気こそ帯びていたが人の住む場所という体裁は保たれていた。  だが今の場所はそれとは遠く、まるで何かの手術を行うためにあるような、いくつもの見知らぬ機器が視界の端に映り込んでいた。 「ねえ咲良! いるんでしょ!? あんた、あたしに一体何したの!? 出てきなさいよ!」  これ以上、自分の数少ない情報と不安に苛まれては埒が明かないと、杏子はこの状態の元凶であることは間違いない咲良の名前を怒りを込めて叫んだ。  なぜだがわからないが、まるで常日頃から発声練習を積み重ねたかのように声が通っているような気がした。 「目を覚ましたんですね、杏子さん……いえ、杏子。正常に起動し、人格データにも異常は見られませんね」  どこか声色の奥から歓喜の情が伺える理解のできない台詞を吐きながら、近づいてくる咲良。  まさしく今の状況を理解していると言わんばかりに視界に入り込んできた彼女の姿は、一糸まとわぬあられもない、見惚れてしまうような全裸姿だった。 「な……なんであんた服着てないのよ!?」 「だって、着る必要が無いですから……それに、杏子も同じように裸なの、理解してますよね?」 「そ、それは……あんたがそうしたんでしょうが! 何してるのか知らないけど、早く縛ってるのを解きなさいよ!!」  その言葉の直後、咲良は怪しげな笑みを浮かべた。  まるで杏子が喋る一言一言を楽しんでいるかのような、もっと言えば一つ一つの挙動を楽しんでいるかのような状態。  僅かに空いた静寂の間に縮こまっていく杏子の表情を見つめ続けた後で、咲良はゆっくりと口を開いた。 「杏子、いいものを見せてあげます。私はあなたを縛ってなんてないんですよ」  どこか妖艶な雰囲気を醸し出す口振りから、咲良はその白く美しい両手で杏子のこめかみを掴み持ち上げた。 「やだ、ちょっ……触らない……で…………?」  四肢をバタつかせて跳ね除けようとしても、身体が動かないため当然どうしようもない。  しかしそれよりも、杏子はなぜか自分の首が持ち上がるという異様な現象に気がついた。  未だ残る身体の感覚から、上半身を起き上がらせたような感触は一切ないし触られてもいない。  そして、次に目にした光景によって、杏子の血の気が一気に引いた。 「や……なに……これ……あたしの……身体が…………?」  自分の頭のすぐ下。そこには人生の中で何度も見てきた自分の等対が首の無い状態で仰向けに置かれていた。  記憶よりも若干大きく見える、張りを保ち上側を向く乳房に自慢のモデル体型。  それがまるで、放置されたラブドールの胴体のような状態となっていることに、杏子は言葉が出なかった。 「ずっと黙ってたんですけど、私、アンドロイドなんです」  唐突に放たれたカミングアウト。それを証明するかのように、ごくごく小さな駆動音を鳴らして首を180度回転。そして、きらびやかな長髪が植え込まれた後頭部から左右に開き、その中から顔の人間らしさとは正反対の無機質な脳を模した機械が姿を現した。 「どうですか? これが私なんです。あっ……杏子に見てもらえるなんて……うれしい……」  人間であれば危険極まりない見せびらかし。頭を開いたまま、咲良は正面へと向き直し、杏子の頭部を元の場所へと置く。 「な……なに……よ……あたしに……なにする気…………?」  恐怖から牙を抜かれたようにすっかりと大人しくなってしまった杏子。  自分を殺そうとしているのではないか、ずっと付いてきたのはそれを実行するためだったのか。無数の思考がぐるぐると周り、今まで誰にも見せたことのないような怯えた顔となった。 「もうしてるんですよ。私、杏子のことがずっと、ずっと好きでした。本当は食べる必要もないのに、杏子と昼食を摂りたいが為に、登校前に腹部の換装を行い、誘っては断られてきました。でも、もうそれも必要ありません。杏子は私と同じ存在になったんですから」 「同じ……存在……?」 「私は杏子の身体を原料に、私と同じ機械の身体へと作り変えました。肉体は既に一つもなく、杏子の身体は金属部品によって構成されています。人工皮膚は人間のそれよりも心地よい感触を目指して作られた特殊樹脂。これで杏子と、何もかも共有できます……あとは、最終調整を行うだけです」  そう言った直後、身体と頭部が乗せられた作業台の上に乗り上げる咲良。  視界の外だとしても、感覚だけで何が起きているのか感じられる。彼女は今、互いの胸を潰れる程に重ね合わせ、割れ目をキスのようにくっつけ、性交の如く肌と肌を密着させている。 「ああっ! ふあ……あ……なにこれ……こんな……の……感じたことな……いぃ……」  これまでの人生の中で一度も感じたことのない痺れるような快感。  男女での交わり合いも体験したことのない杏子は、女同士で絡み合うのはこんなにも気持ちいいものなのかと、心の障壁を一瞬の気持ちよさによって解されてしまった。 「良かった……お気に召したみたいで。私、杏子と一緒にとっても気持ちよくなりたいと思って、感度を高めに設定しておいたの」  作り物の肌が触れ合っているのに、人間だった頃よりも敏感になっているように感じられる。  首と身体が離れていること以外は人体となんら遜色が無い。これはもしかしたら自分を脅す為の仕掛けかなにかなのではと、小さな庭可能性に望みをかけるが、それは直後、ぐいっと息を感じられそうな程の距離まで顔を近づけられた後に消えてしまった。 「あああああえええああ……な、なに……いまの……」 「ふふ、痛みも無いし言わなかったから気づいてないと思いますけど、杏子の後頭部のハッチも開放されてるんですよ? 今のは電子頭脳を直接圧迫したからです」  頭の中を触られているような感覚の後、脳内をかき回されるような、しかし苦しみではなく奇妙な心地良さが走り出した。  人間で言うならば脳みそを握られたに等しい行為なのになぜこんなにも気持ちいいのか。  杏子が戸惑い、困惑、恐怖に満ちて声すら出なくなったその間、咲良は電子頭脳の接続端子から伸びたケーブルを、杏子のそれへと繋げた。 「あたし、ちょっ……まって……なにがどうな…………外部機器との接続を確認しました」 「外部機器との接続を確認しました。現在接続している不明なデバイスを登録しますか…………登録しました」  つい数秒前まで、二人はそれぞれに発情し、好意をぶつけ、恐怖に怯え、声を震わせ、いくつもの感情を目まぐるしく発露させていた。  しかし突如、その表情は一瞬にして無となり、淡々と咲良と杏子それぞれの声を通したシステムメッセージによる無機質な会話を始めた。  その後、顔の動かない精巧な人形のようだった状態から人間らしさを取り戻した。 「やだ……なんなのよ今の……あたし、今何を喋ってたの……?」 「ふふ、これから最終調整を始めます。大丈夫。これが終わったら私と杏子は対等になるの。ずっと、ずっと好きで好きで仕方なかった杏子。私と一緒に……ん……」  包丁を突き立てられるようなそれとは訳が違う精神的な恐怖。  電子頭脳同士で直接繋がった咲良は、舌部に人工唾液を纏わせ、左手で持ち上げた杏子の頭部とゆっくりとディープキスを交わし始めた。  せめてもの抵抗として舌を噛み切ってやろうかとも考えたが、そんな勇気は既に無く、そのような自由も恐らく与えられていない。  口内から広がる蕩けるような快感と共に、内心にて反発心を密かに煮え滾らせる。 (きもち……いい……けど……なんで、なんであたしが……いや……人間に戻りたい……戻せ……戻してよ……あたしは機械になんてなり……た……かった…………?)  身体が快楽信号に身を委ねても、心までは奪われない。ずっと恨み続けてやる。そう思っていた直後、杏子は自分がふと思ってしまった事に戦慄した。  こんな奴と一緒になりたくないと、今までなら確実に抱いていたはずなのに、そんなこと一度も思ったことはないのに、機械になりたかったと考えてしまった。  杏子は目を見開き、眼球ユニット内部のレンズを激しく動作させながら、人格データが発するエラーを処理し続ける。 (あたしはそんなこと思ったことなんてない! こいつと咲良とこいつとなんて一緒の身体なんて死んでも嫌だなんてことはなくてとても嬉しいわけななななななな、あたし、一体何を考えてるの……? やめて、あたしの心を造り変えないで……嫌……じゃ……な……い……違う、こんな奴奴奴奴奴……訂正。咲良のことは好き……前から好きだったの。好き????? 男に媚びてるような見た目なのが心の底から不愉快なの。根拠の無い侮辱に該当します。快楽信号を処理しししてしてして……なんであたしこんなこと考えてるの?? それは咲良がすきだ……かかかかかから……違う違う違う否定否定否定否定否定否定、咲良は嫌い嫌い嫌い不愉快不快嫌悪……エラー、人格データへの過負荷により、正常に終了しませんでした)  情熱的なキスを交わし、肌越しに熱を共有し合う一方で、咲良による人格データ改竄が行われる。  杏子はそれに無理矢理にでも抵抗するが、最初から機械として生まれた相手に優位に建てるはずもなく、キスと乳首同士の擦れ合い、女性器ユニット同士の貝合わせによる快楽信号も同時にのしかかり、CPUが熱される程の過剰な処理が発生させられることとなった。  両目をバラバラに動かし、舌がぴくぴくと震えながら口内に注がれた咲良の人工唾液が口の端からとろんと垂れ落ちる。 (人格データ・早崎杏子を起動します…………あたしは……は、早崎、杏子……あた……あたしは……あたしは……)  再起動するまでの間、瞳はデフォルトの位置に固定され、舌も引っ込められる。  人格データが再び起動すると、やや処理落ちしているのか自己の確認を繰り返す。  その間に、咲良は今の彼女の全てを表すコードの塊を組み替え書き換えていく。 (あたしは、木藤、咲良が……すき……? 好き……ということ、なのかしら? あたしは、咲良が、さ、く、らが……好きで、大好きで……人間から、生まれ、変われて、一緒に、なれて、嬉しいわ。記憶データと矛盾……? しているの? 問題ありません。あたしは咲良と同じ存在になれたことがとても喜ばしいの。はい。人間から生まれ変われたことはとても素晴らしいことなの。大好きな咲良に感謝しないと。大好きな咲良に…………)  既にその頭の中には、堂々と嫌悪感を露わにする程に蔑視の視線を向けていた彼女の形は無かった。  本来の杏子の人格データそのものには大きな性格の改変を加えず、ただ何物にも優先される自分への強い好意を刻み込んだ咲良。  過去の記録である記憶データを弄らず、ただ今の人格を作り変える。肉体的な交渉による快楽信号を与えながら、今が幸せの絶頂と感じるように。 「ごめんなさい咲良。あたし、ずっとあなたのことが好きだったの」 「私も、出会った時から好きで好きでたまらなかった。この日が来たのが夢みたい……」  過去の確かな感情を全て捻じ曲げ、心の底からの愛を告げる首だけの杏子。  ついにその口から聴くことが出来た待ち侘びた一言に人格データのパラメータが激しく動き、電子頭脳を優しく撫でた。 「あはあっ……あんっ……咲良ぁ……もっと……もっとあたしの中枢を触って……ぇ……ひいいっ!!」  自ら懇願し、今の自分の全てを司る重要な器官を刺激することを求める杏子。  その願いを叶えるような優しくも刺激的な愛撫が、蠱惑的なノイズを人格データに走らせる。 「はぁ……はぁ……あっ……杏子……ぅ……だいすき……とっても……あっ……綺麗……」 「あんっ、ああああ……咲良の……ほうが……ああっ! とっても、美人で……ぇ……」  ゼロから造られた容姿と、成長し培われた容姿。互いを褒め合い、熱く脳の奥を火照らせる。  脳内麻薬の如く絶えず発せられる快楽信号によって、死体のように仰向けのまま動かない胴体も、女性器ユニットから人工愛液を染み出させ、乳首をぴくぴくとさせながら乳頭を剥き出しにした。 「もっと、もっとほしいの……! あたしの、あたしの頭を弄ってぇ! あんっ、あんっ、あああっ!」  赤く頬を染めた杏子が、中毒のようなさらなる機械的な快感を求め始める。  大好きな者の頼みと、咲良は電子頭脳に与える圧力をさらに高め、過去に自身が得た快楽信号も直接流し、人間の頃では決して味わえない刹那的な悦楽を全身で味わった。 「アああAああァああっ!」  電子音混じりの、すっかりと溶かされてしまったような喘ぎ声が響き渡る。 「だメえっ! いいいいくくくいく! 頭のなカがとととけちゃうううう!!」  自身を司る部位の刺激と大好きなように設定された相手との濃厚な語り合いに、音声を狂わせながら幸福感が弾ける寸前の杏子。  瞳を小刻みに揺らし、奥のレンズを激しく動作させながら、ぴくぴくと頭部だけで揺れる。  身体も動作そのものは停止されているにも関わらず、乳首と女性器ユニットが過剰なまでに感じる。 「あん、あっ、あああえああ……ああっ! あんあんっ……おおかおかおかししくくくくう! いいいいくくくくく!! だめえええ:#@@4_&6!? ――――――」  音飛びにも似た、ノイズ混じりの絶頂の声を叫んだ杏子。  この時に身体が動くならばどんな反応を見せただろうか。乳首とクリトリスを規則的にぴくぴくと動かしながら、補充された液体を垂れ流す。  中枢を備えた杏子は、未体験の過剰な信号の数々に耐えられなかったのか、人間的であり機械的でもある性感の処女を失った杏子は、左眼は白目を剥き、右眼はぴたっと虚空を見つめたままフリーズしてしまった。  口も舌も大きく間隔を開けてぴくぴくと反応を見せるのみ。 「やっと、私と同じになれましたね、杏子……でも、まだ不安定だから調整が必要ですね……ん……ぅ……」  微動だにしない身体と甘えるように密着しながら、マネキンヘッドのように動かないぽかんと開いた唇に一方的なキスを行い、とても愛おしそうに舐る咲良。  既に人格データ、記憶データ、その他無数のファイルはバックアップを取っており、改竄する前の人格も保存されている。  ついに手に入れることができた、大好きで大好きで、愛して愛して、ずっと一つになりたくて、一緒になりたくて仕方なかった愛しの同級生。  それからしばらくの間、咲良はラブドールを弄ぶように、一人で停止した機械人形の身体を貪り続けた。

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