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あらすじ


「メイ……何処にいるの……?」

猛吹雪が世界を白く覆い尽くす中、その険しい白銀の山道を一匹の雌山羊が彷徨っている。

彼女の名前は「ミイ」。まだ成獣に成りかけの若い雌だ。


彼女のその美しいピンクの毛並みも今は白に塗りつぶされ雪と同化してしまっている。


どちらの方向に向かっているのかさえわからない絶望の中、体力はとうに限界を超え、凍てつく寒さに脚は震え、今にも倒れそうだった。


「もう……だめかも……」

ホワイトアウトするほどの豪雪で視界はほぼゼロに近く、一歩間違えれば滑落する危険もある。


そうでなくとも若い雌が群れから離れ一匹でうろついていること自体が、この厳しい自然界の中では致命的だ。


なぜ、彼女がこんな危険な登山をする羽目になったのか。それは数日前のある事件がきっかけだった…



―ある日のこと。群れの中から「メイ」という雄山羊がいなくなった。

メイは子供の頃からの友達で、幼少期から一緒に野原を駆けまわったり、ずっと寝食を共にしてきた仲間である。


そんな友達が、あろうことか山羊の天敵である狼と行動を共にしていたのだ。


メイが狼とつるんでいることが判明してから、彼が群れを離れるまでの間には、数日の猶予があったのだが、結局メイは長老や群れの仲間の説得に応じることもなく山の向こうへ消えた。


勿論、ミイも必死に説得した。確かに昔からメイは少し変わり者で、時々話が通じないこともあったが、それでもミイはメイのことをずっと大切な仲間だと思っていただけに、彼が山羊の群れより一匹の狼を選んだことにはかなり大きなショックを受けた。


その後、群れの掟に従いメイを見捨てることを決定した山羊達。常に死が隣り合わせである彼ら草食動物達にとっては、群れを存続させることがなにより最優先すべき事項であり、その選択は決して間違ってはいないだろう。もし、これが狼の巧妙な罠なら群れが全滅する危険だってあるのだ。


しかし、まだ若いミイにはその選択が受け入れられなかった。


“狼に唆されたのだろう”、“今もどこかで助けを求めている筈だ”、とそう考えると居ても立っても居られなかった。


こうしてミイは単独で群れを離れ、メイの足跡を辿りながらこの雪山まできたのだった。

これが今回の顛末である。


しかし、年中吹雪吹き荒れる雪山に雌山羊たった一匹で挑むというのは想像を超える過酷さがあった。

山頂に向かうに連れ風は強くなり、向かい風が吹けば通常の何倍も体力が奪われ、体感温度も比例するように下がっていく。


引き返すことも考えたが、吹雪による視界不良が方向感覚を失い、もはや彼女には帰り道すら分からなくなっていた。


(メイ……私は……)

山の厳しさを見縊っていたわけではなかった。ただ、それ以上にメイを助けてやりたい気持ちが先行しただけだった。しかし、残念ながら想像以上に雌山羊の自分の身体は弱かった。


やはり群れのみんなが正しかったのかな、と自らの選択に後悔の念を覚えつつも、しかし、走馬燈のように流れる過去の記憶の中には、いつもメイがいた。


メイの顔が頭に浮かぶたびに、やはり自分の選択は間違っていない、と思い返す。


そのまま意識が朦朧とする中、ふらふらと気力だけで前に進んでいると、やがて、真っ白な視界の中にうっすらと黒い影が見えた。


―洞穴だ。


ミイは吸い込まれるように洞穴の中に入った。中は真っ暗で、暖かさなど微塵も感じられなかったが、それでも外の吹雪よりはだいぶマシだった。


(た、助かった……)

とっくに足の筋肉も体力も限界で、倒れ込むように横になるミイ。その時、彼女は洞穴の中にいた“何か”にぶつかった。


(……!?)

ごわごわとした体毛、しかし、生物にしては命の温もりがない。一瞬何かの動物の死体かとも思ったが、しかし、次の瞬間それは口を開いた。


「……だ、誰だ……?バリーか?…ザクか?」

「……」

ミイは答えなかった。暗闇から発せられたその低い声と洞穴に充満する獣の匂いから、そこにいるのが彼女ら山羊の天敵である狼だと分かったからだ。


(よりにもよって……そんな……)

暗闇の中で鋭く光る狼の眼光。ミイの全身を恐怖が支配する。


逃げたい。だが足が動かない。今までもなんとか気力で立ち上がっていた状態だったこともあり、一度横になった身体を持ち上げる程の力がもう残っていなかった。


仮に洞穴から這い出たところで、どちらにせよ凍死するか滑落死するか、の未来しかない。まさに絶体絶命の状況である。


喰う者と喰われる者、本来なら決して交わるはずのない二匹が、この小さな洞穴の中で、互いに一歩も動けず見つめ合ったまま沈黙した。


吹雪は止まず、二匹はこの奇妙な状況のまま、お互いを警戒し合いながらただ静かに呼吸を繰り返していた。



「……答えろ。お前は誰だ……」

その問いかけにミイはびくりと身体を震わせる。オオカミと会話するなど考えもしなかったが、しかし、暗がりに見える彼の表情は弱々しく、はっきりと死の影が浮かんでいる。それを見たミイは彼もまた自分と同じように動けないのだと悟った。


「……ミイ。」

腹を括って答える。しかし、狼はピクリとも動かない。


「メスの声……それにこの匂いは…山羊か……」

「ふ……冥途の土産に神様からの贈り物か…そりゃねぇよ。…もう俺には獲物を喰う力も残っていないってのに……」

狼は一人呟くように嘆くように言った。


彼は瀕死の重傷だった。おそらくミイ以上に長く低温に晒されたのだろう。重度の低体温症によって身体を動かすことすらできなくなっているらしい。



―しばらくの間、流れる沈黙。洞穴の中に流れる空気は重く、ただでさえ狭い空間が、恐怖と警戒心によってさらに狭く感じられた。


時折、外の吹雪が呻くような声をあげて洞穴の奥まで響き渡るが、その音を除けば、あまりにも深い沈黙が二匹を覆っている。


「……お前は……ガブの“ツレ”か?」

その沈黙を再び破ったのはオオカミのほうだった。彼は自分が死を目前にしていることを悟っていた。意識は朦朧としており、命の火が消える前に、せめて死の恐怖から気を逸らすための何かが欲しかったのだろう。


(……)

ミイは答えない。


「……安心しろ。俺はもうじき死ぬ。…雪崩に巻き込まれ全身を打撲し、身体も冷えすぎた。自力で体温のバランスを取ることすらできん…。部下も皆、雪崩に巻き込まれて死んだ。狼のリーダーたる俺が不甲斐ないばかりに…情けないものだ。」

ギロの声には、自嘲的な響きと哀しさが混ざり合っていた。


ギロは再び少しの間沈黙し、何かを思い出すように吹雪の音に耳を傾けた。そして小さく吐息をつく。


「お前にとって俺が憎い狼だってのは良く分かるが、最期に……話し相手にだけでもなってくれないか……?」

狼は喋るだけでも辛そうだった。しかし、それ以上に身体が言うことを聞かないこの状態で、自死を選ぶこともできず、忍び寄る死の予感をずっと感じ続けるほうがもっと苦しいからこそ、彼はこうしてミイに話しかけ続けているのだろう。


ミイもそれを悟ったようだが、しかし、相手は今まで自分たちの仲間を何匹も喰らった悪魔のような存在である。気を許す気は毛頭ない。ただ、自分自身も寒さによってだいぶ消耗しており、ある意味彼と同じような境遇にあることもあって、少しばかり同情はしていた。


何よりずっと悪魔だと思っていたオオカミがこんなふうに苦しむことがあるとは、彼女も想像したことがなかったのだ。


「ガブって……?」

ミイは勇気を出して聞いた。


「……なんだ、お前がガブのお気に入りの山羊じゃないのか。……ガブは俺の群れにいた狼だ。俺たちより山羊との友情を取って群れを逃げ出した裏切り者だ。」

「……!?」

それを聞いてミイはすぐに理解した。メイを連れ出した狼、それこそが彼の言っているガブなのだと。そして、改めてショックを受ける。メイは唆されたわけではなく、本当にその狼と仲良くなり、自らの意志で群れを離れる選択をしたのだと、わかったからだ。


「……なぜ狼と山羊が……?」

無意識のうちにミイは質問を重ねていた。改めて事実が判明してもやはり喰う喰われるの関係にある狼と山羊が友情で結ばれることはあまりにも非現実的だった。


「……知るか!俺たち狼にとって山羊は生きる糧に過ぎん。生きる為には、相手を殺すことを躊躇している余裕なんてない。それなのにあいつは……」

オオカミは少し声を荒げたが、すぐに落ち着いて声が小さくなっていった。もはや喋る体力すら残っていないのだろう。


「……ふぅ…少し話疲れた。……もし次、目が覚めてまだ俺が生きていたら…また話し相手になってくれ……。」

そう言って狼は目を閉じた。


ミイの中で、そのままもう目を覚まさないで欲しいと願う気持ちと、もう少しガブとメイの不思議な顛末について話がしたい、という気持ちが混在していた。


狼が沈黙し、洞穴の入り口から微かに聞こえてくる吹雪の音を一人聞いていると、八方塞がりのこの絶望的な状況に気が滅入りそうだ。


ミイは少しでも気を逸らそうと、狼の言葉を思い出しながら、メイとガブに一体何があったのか、考えながら一夜を過ごした。



翌朝――といっても、吹雪に閉ざされた洞穴の中では、朝も夜も区別もないが――ミイはほとんど眠れぬまま身体を起こした。


相変わらず外は吹雪いており、洞穴の中は暗いままだが、夜よりは僅かに周りが見える。当然、隣にいる狼の身体もよく見えた。


(大きい……なんて大きな狼なの……?!)

そもそも狼は山羊より身体が大きいが、しかし、今までミイが見てきた狼と比べても彼はひと回り大きかった。


そして、残念ながら彼はまだ息をしているどころか、むしろ昨日より息遣いが安定しているようだった。ミイはその変化に気付き、恐怖を覚える。彼が力を取り戻しつつあるということは、つまり自分が食べられる可能性も高まっているということだ。



「……ミイ。いるか。」

(……)

狼が目を覚ました。“雪山で寝ると死ぬ”とはよく言うが、まさに低体温症の彼が入眠し、更に体内温度が下がれば当然ながら死に至る。


しかし、奇跡的に彼が目を覚ましたのは、他でもないミイがこの狭い洞穴の中で体温を発していたことに起因していた。彼女の温もりが彼の命を辛うじて繋ぎ止めていたのだ。


知らず知らずのうちにミイは仲間の仇である狼の命を救ってしまっていたのである。


ミイは警戒して寝たふりをしていたが、もぞもぞと狼が体勢を変えようと動くと、思わずびくりと身体を強張らせ、狼もそれに気付いた。


「なんだ、寝てないのか。」

「……狼の隣でなんて寝れるわけないじゃない。」

いつ襲ってくるのかわからないような悪魔とこの狭い洞穴の中での奇妙な共同生活。この状況で寝るということは、本来であれば死ぬということだ。それが分かっているからこそ彼女はずっと警戒したまま一夜を過ごしたわけだが、しかし、それ以上にミイの心を乱し寝させなかったのは、昨夜彼から聞いた話のせいだった。


「あなたは……なぜここまでガブを追ってきたの?」

ふとミイは聞いた。一晩色々考えて、疑問に思ったことの答え合わせがしたかったのだ。


「……抹殺する為だ。裏切り者はどこまでも追いかけて始末する、それが群れの掟なのだ。」

「……なんで?仲間なのになんで殺すの?」

ミイは狼相手に物おじせずに質問を重ねていく。今は彼への恐怖より、納得できない狼の行動原理に対する苛立ちが勝っていた。


「…逆に聞くが、ならなぜお前はたった一人で今ここにいる?お前はおそらくガブのお気に入りの山羊を追いかけてここまで来たのだろうが、こんなところに雌山羊一匹で来ると言うことは、群れの他の仲間はそいつを見捨てたのだろう?」

「ち、違う!みんなは……ッ!」

群れの仲間のことを悪く言われた気がして、無意識のうちに反論しようとしたが、しかし、何も言葉が続かない。ミイは俯くしかなかった。


「……それこそが群れを守る為の掟なのだ。ルールを逸脱する者に歩を合わせていては群れが危険に晒される。それこそガブが巧くあの山羊を誑し込んでいれば、今頃お前たちを一網打尽にできていた筈だ。……結局、あいつは食欲より山羊との友情を取ったがな。」

狼は吐き捨てるように言った。

「逆にガブのほうが誑し込まれれば、俺たちの狩りの成功率は著しく下がり、皆餓死して死ぬことになるだろう。そうならない為にも、群れの長たるものとして常に冷酷でなくてはならない。例えアイツが俺の……」

そこまで言って狼は言葉を呑み込んだ。


しばらく沈黙が流れる。


確かに彼の言葉は筋が通っていた。普段、狼と話す機会はないので、相手が何を考えているかも分からないし、彼ら狼のことをただ仲間を喰い殺す悪魔のような存在としか捉えていなかった。だが、改めてこうして話してみると、山羊と狼、立場は違えどお互い群れの存続のため行動しているに過ぎない。


そしてだからこそミイも彼も戸惑っている。“種族を超えた友情”という理解の範疇を超えた事象によって、山羊と狼、どちらの群れも今滅茶苦茶になってしまっている。


でも、だからと言ってミイは、メイやガブのことを悪くは思えなかった。本当にメイがオオカミに騙されていなかったのであれば、彼らの友情が本当のものなのであれば、そこには純粋に相手を想う気持ちだけが存在していた筈だ。ただ愛しいという気持ちが世界から受け入れてもらえないなんて、なんという悲劇だろう。


それどころか、メイが群れを去る前、あろうことか群れのみんなは彼の友情を利用して、狼の情報を取ってくるように言った。それがどんなに残酷なことで、どんなにメイが辛い思いをしただろうと想像するだけでミイは胸が苦しくなった。


ミイは自分が甘いということは自分でも十分わかっているつもりだったが、それでもやはり、群れの掟に従う窮屈さに耐えられそうになかった。


彼の言う通り群れを守る為には、時に仲間を見捨てたり、殺したりするのはこの厳しい自然界では合理的な判断になるのだろう。だけど、どうしても別の方法がないのか、と考えないではいられない。


先人の犠牲と経験からできた掟。確かに掟を守ることは大事だ。しかし、掟は決して万能ではない。今回のようなイレギュラーは長い時の中ではどうしても発生する。


老いた山羊一匹が群れを去るくらいなら群れの存続にはそれほど影響はなくても、さほど大きくない群れの中で、メイとミイ、これから群れを背負っていく筈の若い彼らが群れを離れることは群れの存続上致命的になる。


メイ一人だけならまだしも、ミイもまた掟から逸脱し、今こうしてほぼ確定的に命を落とすような状況にいる。狼との友情を信じるなんて普通に考えれば難しいことだが、結果論としては群れのみんながメイを信じてあげてさえいれば、群れは2匹を失わずに済んだ可能性もある。


狼もそうだ。


彼らにとっても、種族を超える友情など理解しがたいことだったのだろう。しかし、それを受け入れられなかった彼ら自身が、今その掟のために壊滅的な状況に陥っている。


狩りの主力である若い狼たちを雪崩で失い、そのリーダーも瀕死の重傷で、おそらく彼もこの洞穴の中でミイと共に凍え死ぬ。



―お互い思考の渦に捕らわれたようにしばらく黙っていたが、少ししてオオカミが再び口を開ける。

「狼の群れにとって掟は絶対だ。掟が崩れれば群れも崩れると皆が知っているからだ。その時々の判断で掟を守ったり、守らなかったり…そんな緩いルールでは秩序は崩壊する。この鉄の掟を作ったのは先代のリーダー。俺の親友であり、ガブの父親でもある。彼は群れの中で闘争が絶えなかった時代、この鉄の掟によって群れを制御し、群れに安寧を齎した。―先代が死んだあと、俺はあいつの遺志を継ぎ、次の群れの長として、絶対にこの掟に忠実に生きようと誓った……」

彼は独り言のように俯きながらそう言った。


そんな彼をミイは苦々しく見つめていた。

「あなたたちは、掟のために親友の息子さえも殺すのね。」


しかし、その残酷さは別に狼だけのものでないことを彼女は知っている。

「……でも私たち山羊も、同じなのかもしれない。メイが群れを離れた時、確かにあなたが言う通り、誰も彼を助けようとはしなかった……」

ミイもまた視線を落とし、虚ろとした表情で何もない地面を見つめた。


「……お前は凄いな。俺より身体の小さいお前が、群れに逆らってでも仲間を助けようと行動して今こうしてここにいる。山羊相手におかしな事を言うようだが、お前のその勇気には正直、感心している」

狼は目を閉じ、そして小さく溜息をついた。

「……それに比べて俺は……。」

「……俺はおそらく考えるのを放棄していたのだろう。“アイツ”が生涯を懸けて作った掟だから、というのを盾にして自分で考え決断することから逃げていた。自分がちゃんと群れを守れるのか、という漠然とした不安の中で、実直に掟に従っていたほうが気が楽だったからだ。なんとも情けないことだ…」

ミイは何も言い返すことができずにいた。オオカミという存在が、ただ怖いだけの怪物ではなく、心を持ち、自分と同じように葛藤し苦しむ存在であることを初めて理解したからだ。


ギロは疲れ果てたように再び目を閉じると、また静かな眠りへと落ちていった。


ミイは悶々としたまま、彼が眠る姿を見つめ続けていた。


(私……どうすればいいの?)

彼女の問いかけに応える者はいない。狼という存在の解像度が上がった今、この傷心の狼にいったいどんな言葉を掛けてあげられるだろう。そもそも狼に寄り添おうとしている自分の心情も理解できていない。自分はいったい何がしたいのだろう。そして、何かしたところでこの絶望的な状況の何が変わるのだろう。


その日もミイは悶々と頭を整理しきれない葛藤と戦い続けたが、しかし、もう群れを出てから丸二日寝ていない。ミイは知らず知らずのうちに睡魔に負け、狼がすぐ隣にいることも憚らず気絶したように眠りについてしまった。



―3日目の朝。外の吹雪は一向に止む気配がないまま、冷たく厳しい世界を覆い続けている。

そんな中、ミイは空腹と喉の渇きで目を覚ました。


すべて悪い夢であってほしいと願ったが、残念ながら周囲は薄暗く、洞穴の中は狼の匂いで充満している。


しかし、なぜか心地よさがある。まだぼんやりとしていて、頭は虚ろだが、自分が柔らかく温かな何かに包まれていることに気がついた。やがて、視界が定まってきて目の前に移り込んだのは視界一杯の狼の鋭い牙と巨大な顎だった。


あろうことかミイは眠りの最中、無意識のうちに温もりを求めていたのか、狼と抱き合うように寄り添って寝てしまっていたのだ


「きゃああああああっ!!」

ミイは思わず絶叫し、反射的に狼と距離を取ろうとしたが、彼の腕もしっかりと彼女を抱きしめており身動きが取れない。


「は、離してよ、化け物っ!」

ミイは恐怖と混乱で思わず強い言葉を吐き出した。


「…なんだ?お前から抱きついてきておいて随分な言い草だな。」

狼は拗ねたように言った。


「それに体温を維持するためにはどっちにしろ寄り添っていたほうがお互いに都合が良いと思うがな。」

「そ、そんなこと言って、暖だけとって元気になったらすぐに私を取って食うつもりなんでしょ?!狼なんて…狼なんて…ッ!」

パニックになって無理矢理狼の腕を振り解く。


今まで狼の近くで無理して気丈に振舞っていた分、その反動で涙がポロポロと零れ落ちる。


氷の城壁のように心を強く持って、なんとか繋ぎ止めていたメンタルが一度眠りに落ちたことで隙だらけになり、そこに狼と抱き合っていたという衝撃の事実が重なって瓦解したのだ。


過呼吸気味でなんとか気持ちを落ち着かせようとフーッ、フーッと落ち着かない息遣いをするミイ。狼はなんとも気まずそうにしていた。


しばらくして少し冷静になってくると、代わりにミイの中に大きな疑念が生まれた。


(…なぜ私を食べようとしない…?)

彼女を抱く狼の腕には確かに力が戻っていた。図らずして温もりを分け合った彼は既に低体温症の危険から逸している。そのまま眠る彼女の喉笛に食らいつき殺し平らげれば、体力は完全に回復するだろう。彼のその強靭な肉体であれば、この雪山を降りて帰ることも不可能ではない筈だ。


気まずそうに眼を逸らす狼の顔をミイはまじまじと見つめていると、ふと、オオカミの腹が大きく鳴った。


二匹の間に更に気まずい雰囲気が漂う。しかし、ミイはその音を聞いて何か確信したのか、小さく溜息をつくと、意を決して彼に聞いた。

「ねぇ……どうして私を食べないの?お腹空いているんでしょう?」

ミイの問いかけに彼は俯いた。そして、彼もまた小さく溜息をつくと改めてミイのほうを向く。


「……最初は元気になったらすぐにでもお前を食べるつもりだったさ。しかし、どうしてだろうな。なぜだか、お前を喰いたいって気持ちになれない。こんなにも美味しそうな匂いを発しているお前を前にして、涎はだらだら湧き出してくるのに、口を開こうとしてもすぐに閉じてしまう。俺の身体はまだ本能的にお前の肉を欲している。それは間違いない。でも…俺の心は…なぜだかもうお前を『エサ』として見てないのかもしれない。」

彼は苦笑しながら目を伏せた。


「俺は……お前と言葉を交わし、そして、温もりまで分かち合ってしまった。お前と寄り添って寝る安らかさを知ってしまった。お前が仲間思いのいい奴で、仲間の為なら掟も自分の命すらも顧みない破天荒な奴で、そして狼の俺の前ですら、堂々と自分の意見をぶつけてくる気丈な女ということも知ってしまった……」

「オオカミは本来獲物とは決して口を利かない。相手を知れば知るほど殺すのが辛くなるからだ。殺すのを躊躇すれば、時に自分の身にも危険が及ぶことだってある。相手が山羊であっても死に際に窮鼠猫を嚙むこともあるのだ。実際、俺はそれで片耳を失った。」

ミイは彼の独白をただ静かに聞いていた。彼がミイのことを「エサではない」と言ったように、彼女もまた彼のことをもう「悪魔」とは思っていなかった。そしてそれと同時に、今しがた彼を一方的に拒絶したことになぜか深い後悔の念を覚えた。


彼女は彼に向けた言葉の刃の鋭さに気付き、罪悪感を覚えたのだ。ミイはゆっくりと呼吸を整え、真剣な眼差しで彼の目を改めて見た。


「……まだあなたの名前を聞いていなかったわ。名前はなんていうの…?」

「…ギロだ。」

三日目にして漸く聞いた彼の名。このタイミングで彼女が名前を聞いたのは、彼を悪魔としての狼ではなく、自分と同じ一つの生き物としての狼の雄「ギロ」として認識したからに他ならない。


「ギロ、ごめんなさい……私、ひどいことを言ったわ。狼として生きるあなたが、その食欲を抑えつけるということがどれだけ辛いかも知らずに…」

それは彼女にとって初めて狼の立場に立った物の見方をした瞬間だった。もし今、この空腹の状況下で足元に草が生えていたら…と想像した上で、食べるのを我慢するなんてミイには考えられなかった。しかし、それとほとんど同じような状況下で今ギロは我慢していることに気付いたのだ。


ギロは小さく微笑み、首を横に振った。

「……気にするな。お前の言うとおり、お前達山羊にとって俺たち狼は化け物でしかない。この大きく鋭い爪を引っ掻けるだけで、お前のこの柔らかい肌は裂かれ、簡単に死んでしまうだろう。そんな化け物と寄り添いたい奴なんていない。」


ミイは強く首を振った。そして自分でも信じられないような言葉を彼に掛ける。

「違うわ。あなたは化け物なんかじゃない。ギロ、あなたは……優しい狼よ」

ギロはその言葉に目を見開き、何も言えなくなった。これまで生きてきた中で、誰からも言われたことのない言葉だった。むしろ優しさなど欠けていたと思っていた彼にとって彼女のその言葉の真意は窺いきれなかったが、しかし、ただただ自分を肯定してくれた事実が彼の空虚とした心を満たしていた。


ギロもミイも自身の感情の変化に頭がまだ追い付いていないようで、互いに見つめ合ったまま静止する。吹雪が静かに唸る洞穴の中で、二匹の間には再び沈黙が流れたが、その沈黙はもう、冷たいものではなく、どこか優しく温かな空気を帯び始めていた。


しばらくしてミイが徐に口を開く。

「ギロは……きっと群れのリーダーをやるには優しすぎたのよ。」

「俺が……優しすぎる……?それは違うな。俺は今までずっと冷酷な殺し屋として、山羊も裏切り者も沢山殺してきた。そんな俺が優しいわけないだろう。」

「そうかしら。エサ相手に殺すのを躊躇して顔にこんな大きな傷を負ってしまうあなたも、今こうしてお腹が空いているにもかかわらず私を殺せないあなたも、冷酷という言葉とはかけ離れていると思うけど。」

ミイはそっとギロの欠けた左耳の古傷を撫でながらそう言った。


「ガブのことだってそうよ。あなたのこの大きくて逞しい足から逃げきれる生き物なんてきっとどこにもいないわ。……メイは聞く限り結構長い間ガブと繋がっていたようだった。そのことにずっと気付かずにこんな雪山まで逃してしまう程、あなたはマヌケじゃないはず。本当はいくらでも処刑するタイミングはあったのに、殺せなかった。違う?」


返す言葉もなかった。


忠実に鉄の掟を守る冷酷な殺し屋。そのレッテルを自分に貼って、先代のリーダーに負けない群れの長としての自分を作り上げようとしていたのは確かだ。本当の気持ちなんて心の奥底に閉まってしまい、今更掘り出すのが困難な程に、彼はずっと仮面を被っていたのだ。


その仮面をまさか今まで散々貪り食ってきた“肉”に引き剥がされようとしているのはなんとも皮肉なものである。


ギロはミイの言葉をゆっくりと反芻しながら寂しげな表情でただ彼女を見つめていた。ミイはそんな彼を見て、何とも言えない気持ちになる。


ギロはきっと責任感のある狼なのだろう。自分の本心を隠してでも、リーダーを演じ続け、親友の作った掟を足掛かりに、群れの為に自分を犠牲にし続けた。そして、なんとも不幸なことにその掟を破ったのは、他でもない親友の息子だった。

彼にとってこれがどれほどの試練だったろう。弱音を吐くこともなく、ただ孤独に傷つき続ける誇り高き孤高のオオカミ。


ミイは彼のことをもっと理解してやりたいという気持ちになった。恐ろしい狼の皮を被っていても、中身は自分と同じ生き物なんだと、同じ目線で語り合える存在なのだと、この奇妙な異種間交流にミイは胸を高鳴らせていたのだ。


「あなたがこうして生きているのは……私がここにいるからよ。私も同じ。あなたがここにいたから、私は凍え死なずにすんだ……。私たちは運命共同体。私の前では“冷酷な殺し屋”を演じなくっていいの。ここには山羊の私しかいない。だからあなたも“狼のギロ”として私と話して欲しい…」

狼の自分の心の中に問答無用で入り込んでくる気丈な雌山羊に戸惑いを隠せないギロだったが、しかし、彼女の存在が、自分の孤独だった心に深く浸透しつつあることを彼は感じていた。

もし彼女のような仲間が自分の群れにいたら、自分はこんな間違った判断で部下を死なせたりはしなかったのだろうか。

そして、自分に掟を守ること以外の人生が、もしあったのなら――そんなことを初めて彼は考え始めていた。



―今日の出来事をきっかけに二人の心の距離は急速に縮まり、毎日寄り添い合うように眠るようになった。


吹雪は相変わらず猛威を振るい止む気配もなく、当然二匹は食料を手に入れることもできなかったが、代わりに彼らは雪を食べて水分を補給した。

本来であれば、それは身体を芯から冷やす自殺行為だが、交代で雪を食べ、そのたびに身体を強く抱き合い、互いの体温を共有して冷えた身体を温め直すことで、この問題を乗り越えた。


体温と水。生命にとって欠かすことのできないこの二つを種族を超えて分かち合った経験は二人の信頼関係を揺るがないものにするには十分だった。


そして…


二人が出会ってから一週間以上が経過した頃だった。毎日をミイと過ごし、他愛もない会話をして、時に笑い、時に怒り、そうやって交流を深めていく中で、ギロの中には信頼関係の更にその先の感情が芽生え始めていた。


肉のミイではなく、山羊のミイでもなく、一匹の「雌」のミイ。

ギロは自分の正気を疑ったが、しかし湧きあがる感情に嘘は付けない。


(馬鹿な……俺は狼だぞ。ミイに…山羊に…惹かれているのか…?)

自嘲的に思ったが、しかし、彼女の柔らかく温かい身体を抱き寄せる度に、胸の鼓動が早くなることからしても、明らかに彼女に気を持ってしまっているのは確かだ。それが食欲から変貌した歪な好意なのか、純粋な恋なのかまではギロは自分の心を測り切れなかったが、しかし、既に種族の壁はとうに乗り越えた先に自分がいることだけは実感できている。


そんなギロの心境に気付きもせず、彼の腕に抱かれたミイは無意識のまま、小さく幸せそうな吐息を漏らしている。そのあまりに無防備な様に、ギロは何か妙な甘酸っぱい感覚を呼び起こした。


(こんな感情、今まで感じたこともなかったな……)

ギロは、自分がこれまで掟に縛られて生きてきたことを、改めて噛み締めていた。掟を守ることで群れを維持し、必死に生き延びてきた彼は、誰かを愛することなどとうの昔に忘れ去っていた筈だった。


しかし、今この状況下においては、誰かに好意を持つことは自分の首を絞めることになるだろうこともギロは分かっていた。


ここまでなんとか協力して命を繋いできたとはいえ、食糧問題が解決できなければ、未来はない。このまま吹雪が止まなければ、二人はこの狭い洞穴の中で餓死する。そんな状態でミイを愛してしまえば、自分の死の恐怖だけでなく、愛する者の死という受け入れ難い恐怖まで受け入れることになる。


そして、更に悲劇的なのは、もし仮に吹雪が止んだとしても、特にギロにとっては決して未来が明るいものではないということだ。


掟通りに行動しただけとはいえ、部下を多く死なせてしまった彼はリーダー失格であり、もし、群れに戻れば今度はギロのほうが処刑される立場になっても可笑しくはない。だからといって一匹狼として生きるにしても、群れの為に生きることしか知らない彼には何を目的に生きればいいかも思いつかなかった。


それに比べれば、まだミイのほうが希望はある。勿論、彼女も、もし群れに戻ってもすんなりと受け入れてもらえるとは限らないし、これだけ狼の匂いが染みついてしまった今、怪しまれるのは当然ことだ。しかし、山羊の群れにとってみれば若い雌であるミイはとても貴重な存在である。そういう意味では群れに戻れる可能性はかなり高い。


行動するなら早いほうがいい。雪崩のダメージから回復し、水分も摂ることができた。激しい空腹感から体力こそ万全ではないが、それ以外のコンディションは悪くないところまできている。空腹が致命的になる前に、そして、これ以上深く恋に落ちて別れが辛くなる前に、数日中にもアクションを起こすべきだとギロは感じていた。


少なくともギロの中では、一人で下山するという選択肢がハナから存在しないくらいにはもうミイのことが大事に思えている。ミイをここに置き去りにしてフィジカルの強い自分一人だけで下山したほうが遥かに身軽で生き残れる可能性はあるが、しかし、それができるならとっくにミイを喰い殺して体力を回復させて今頃山を降りている。


「…ミイ、今後のことについて話があるんだ。」

ギロはミイに改めて今の厳しい状況を整理し伝えた上で、自分にはもう未来も生きる目的もないこと、そしてミイにはまだ元の生活に戻れる可能性があること、そして体力が尽きる前に行動したい旨を伝えた。


「――可能性が少しでもあるうちに動きたい。寄り添い合いながら出来る限り体温を奪われないように山を下れば、もしかしたら群れまで辿り着けるかもしれない。もし、お前の体力が先に尽きたら、俺がお前を背負ってでも群れに送り届ける。…お前だけは生かしてやりたいんだ。」

ギロは思ったことをそのまま飾らずに言葉にしてミイに伝えた。

その言葉を聞いた瞬間、ミイの頬を涙が伝ったが、それが感動によるものなのか悲しみによるものなのか彼女は自分でも分からなかった。


しかし次の瞬間、彼女は首を大きく横に振る。

「……私は群れに戻りたくない。もう掟なんかに縛られて生きたくない。本当の気持ちを誰とも共有できずに、群れの為に生きて、群れの為に子を産んで……そんな窮屈な生活を送るくらいなら、いっそここで死んだほうがマシよ…!」

これだけ酷い目に遭ってもミイの気持ちは群れを離れたあの瞬間から何も変わっていなかった。むしろ、ギロと交流して色々話したことによって、やはり自分は掟とかそういうものにレールを敷かれるのではなく、自らの感性で、自由に生きたい、という気持ちが強くなっていた。


その“自由”は他の山羊達にとってみれば“自分勝手”とも言えるだろう。それはミイも理解しており、申し訳ないとも思っていたが、自分が既に山羊の一般的な価値観、死生観から外れてしまっているのだろうことも痛感していた。


「…それに私は、もう戻りたい場所を見つけてしまったのよ」

ミイはギロの目を強く見つめて、まっすぐに告げる。


「それは……どこだ?」

ギロは戸惑いながらもミイの目を見返した。

そんな彼にミイはゆっくりと近づき、そっと彼に抱きついた。

「…ここよ。あなたの隣が、私が生きていきたい場所なの」

ギロの身体がわずかに震える。これまで誰かに必要とされることが、こんなにも心を揺さぶるものだとは彼は知らなかった。


そして、ギロの独りよがりではなく、彼女もまたギロとずっと一緒にいたいと、そう望んでいるとは思ってもおらず、なんと返していいのかわからないまま茫然とミイのつぶらな瞳を見つめ返す。ガブとメイの前例があるとはいえ、まさか自分まで彼らと同じ道を辿るとは考えてもいなかったのだ。


「それに……もし私を無事に群れに帰すことができたとして……でも、その後あなたはどうするつもりだったの?……一匹狼として他の狼に追われながら孤独に……?何を目的に生きるつもりだったの?」

「……ねぇ、ギロ、生きる目的が私じゃ……ダメなの?」

ミイは少し不安げな顔でギロを見上げ、彼の温もりに身体を預ける。ギロは自分でも驚くほど激しく胸が高鳴っていることに気付いた。しかし、今まで虐殺に近いくらい残虐に山羊を喰い殺してきた自分が果たして本当に彼女の傍にいる資格があるのか、という迷いがどうしても付き纏う。


「ミイ……お前は、本当にそれでいいのか?俺は山羊を大勢殺した狼なんだぞ。俺と一緒にいたら、もう、二度と山羊の群れには戻れない。それにこの鋭い爪や牙をよく見ろ。お前を…傷つけてしまうかもしれない…」

不安そうなギロの問いかけに、ミイはゆっくりと首を振った。

「あなたはもう私を傷つけないわ。なぜだかそれだけは分かるの。……だから、お願い、私のために生きて!……いつか必ず吹雪は止む。明けない夜はないように、絶望が希望に変わる瞬間がきっとくる。おそらくメイとガブは雪山を越えた先の未知の世界に希望を見出して、こんな無謀な逃避行に挑んだ。……私も、彼らと同じようにそこに光を見出したい。あなたと二人で生きられる理想郷に夢を馳せて……それを生きる希望にすれば心を強く持てる気がするの。」

ミイの目には曇りがなく、この暗い洞穴の中でさえ輝いているように見えた。

ギロはその目を見返し、そして何も言わずただミイを強く抱き締める。


この時初めて、彼は自分が何のために生まれてきたのか分かった気すらした。そして、ギロはミイに対し改めて“愛”という感情を抱いていることを確信する。


—しかし、そこで彼の身体に突如異変が起きた。


(なんだ……?急に…喉が渇く……)

それは――性的欲求の萌芽。


こうして彼女の身体が密着していることが、彼にとって急に耐え難いほど刺激的に感じるようになる。今、ミイの柔らかで豊かな胸の膨らみはギロの逞しい胸に押し付けられており、ふと腰に手を回せば、彼女の滑らかな尻の曲線がはっきりと伝わってくる。


ギロはただただ困惑した。なぜこんな魅力的な乳や尻を持つ妖艶な雌が横にいて、今まで何も感じなかったのか不思議なくらいだ。


(今まで全くそういう目で見ていなかったが……コイツ……おっぱいとケツがとんでもなくデカいな……)


ギロの心臓は激しく鼓動を打ち、彼の呼吸は次第に荒くなっていった。身体は熱く火照り、彼女を求める本能が急激に目覚め始めているのを感じた。


ミイもまた、ギロの様子が変わったことに気付いていた。そして下腹部をぐいぐいと押す“ナニ”かの存在にも。


「……ギロ、さっきから何か固いのが私に当たっているけど……もしかして、山羊の私に興奮してるの?」

その問いにギロは一瞬驚き、わずかに身体を離そうとした。しかしミイの温もりを手放すことができず、彼は正直に答えるしかなかった。


「すまん……抑えきれん…ッ!」

本能が暴走し、理性が剥がれていく。肉を貪りたい欲求の代わりに湧きあがった“雌”を貪りたい欲求。雄狼の本能という抗えない程に強大な力が彼を支配し、毛は逆立って目は充血している。

「ふーッ、ふーッ!……お前を…俺は…ッ!」

ギロは突如ミイを強く抱きしめ身動きが取れないようにした。


驚くミイに対し、ギロは大きく口を開く。

裏切られたと思ったミイは顔面蒼白となった。


――しかし、ギロの鋭い牙がミイの柔らかい肉を切り裂くことはなかった。


カプ


甘噛み。そのままギロはミイの全身を舐め、乳房を弄る。


「な、何を……やめて!!」

性交経験のない彼女にとって、剥き出しの雄の本能はただただ恐怖でしかなかった。


「俺はお前を……愛している!だから、殺すつもりはない……ッ!だが、すまない。もうこいつを抑えられそうにない……!!」

ふとギロの股を見ると、その股間から勃ち上がる大きな影にミイは戦慄した。彼女の目の前にあるのは自分の腕より太いギロの巨根。ビクンビクンと脈動するその怪物は、まさに悪魔の象徴のように本能的で狂気に満ち溢れていた。


「……お前と話しているうちに、気付けばお前を一匹の山羊ではなく、一匹のメスとして見ていることに気付いた!…それに気付いた瞬間から、もう既にお前のその魅惑的な胸と尻はずっと俺の股間に響いていた!勃起が止まらなかった…!」

「山羊を抱くなんて正気か、と自分でも思っている……けど、もうどうにもお前の身体がエロくてエロくて仕方がない…!喰いたいんだ……肉としてじゃなく、雌のお前を…ッ!」

ギロの眼光は狂気を孕んで鈍く光っている。喰われるならまだしも狼に犯されるなんて想像もしていなかったミイは状況が理解できず、ただギロの目を見返すことしかできない。


豹変したギロに怯えながら、しかし、圧倒的な力を前に逆らうこともできないミイ。しかし、だからと言って一方的に嫌悪感を覚えて彼を軽蔑し、罵倒する気にはならなかった。


種を超えて相手を一匹の異性として見始めていたのはギロだけでなくミイも同じだったからだ。


『もし目の前にいるのが、狼ではなく山羊だったら』と乙女心を巡らせながら、山羊では考えられないような逞しく雄々しいギロの身体にドキドキしていたのはミイも一緒だった。


しかし、だからといって心の準備もしていない今の状態で狼に抱かれるのは嫌だった。


「やめ……」

そしてミイがギロを拒絶しようとした瞬間―


ふとギロのほうから急に手を緩めた。そして、自ら地面に頭を打ち付ける。フーッ、フーッと荒い息遣いでフル勃起したチンコを脈動させながらも、ギロは必死に自身の本能と戦っていた。

「……すまない、ミイ。」

「……俺は……まだお前のことをある意味で山羊として“喰われる側”の存在として下に見ていたようだ。俺はもうお前のことを山羊としてでなく、一匹のメスとして対等に思いたい。だから……だからこんな強姦みたいなやり方は駄目だ……!」

湧きあがる野性を無理やり理性で抑えつけるギロのその表情は苦悶に満ちており、肉食獣の本能が持つ獰猛さがいかに凄まじいものか、その一端が見て取れる。ヤられる覚悟-罵倒する覚悟を決めかけていたミイにとっても状況が流動的過ぎて身体も心も追い付いていない。


ただ彼女にとっても“狼のギロ”を超えて、一匹のオスとして見ていたことは疑いようのない事実で、それこそ既に心の距離はただの知り合いだとか、そんなものより遥か高い次元まできているのは自分自身が良く分かっていた。


そして今彼は荒い息遣いで身体を震わせながら、必死に自身の本能と戦っている。もともと狼は本能的で獰猛な生き物だ。それは狼が悪いのではなく、神がそうデザインしたのだろう。


本来であれば、肉体的に山羊のほうが圧倒的に不利で、狼が本能のままに牙を揮って山羊の命を奪うのが一般的な自然の流れだ。しかし、お互いに気を持っているこの特異な関係性においては、狼側が食欲も性欲も抑えつけなければ、すべて破綻するという意味ではむしろ狼のほうが不利とも言える。


今目の前で彼が苦しんでいることがそのなによりの証左だ。


ミイも自分の気持ちをしっかり定めなければギロに申し訳ないと思った。私の為に生きろとまで言っておきながら、抱かれる覚悟もできておらず、いたずらにギロの劣情を弄んでいる。


しかし、この数日間沢山話してギロの考え方はある程度把握できている。


強面だが何より群れを大切にし、責任感が強く、自分が決めた事はしっかりと全うしようとする。たぶんここで自分が拒絶したら、おそらく彼はもう自分を無理矢理犯そうなどとしないだろう。今ここで彼の性的欲求を受け入れなかったとて、すぐに破綻するようなやわな関係じゃない。数日の関係とは言え、それほどに二人の間に流れた時間は濃密だった。


問題なのは自分の気持ちがどうなのか。


まだ狼と山羊が交わるという発想自体持っていなかったが、しかし、狼であるというその要素をもし完全に消し去って考えて見たら…?ギロがミイをメスとして好ましく思っているように、ミイもギロの精神性には惹かれている。彼を支えてやりたいと思うくらい入れ込んでいるのも事実だ。その上でこの数日間二匹はずっと身体を寄せ合い一つになりお互いの温もりによって命を支えてきたのだ。


この出来事は一生忘れることはないだろうし、特に心が打ち解けてからの会話はとても充実していて楽しい時間だった。群れを成すことで命を守る生態を持つ山羊にとって、たった一匹で吹雪の雪山の暗い岩穴で狼と過ごすなんて本来であれば最悪の思い出の筈だが、今回の一件は、ミイにとって一生の宝物になりえる体験になっていた。それくらいギロとの出会いは大きなものだったのだ。


天敵である狼の彼を好きになるなんて頭がおかしくなったのではないか、と自問自答するが、しかし、自分達は前例を知っている。


今なら確信できる。ガブとメイは本当に結ばれていたのだと。


運命の神の悪戯で相性の良い筈の二人は狼と山羊、互いに喰う喰われる立場でこの世に生を受けた。なんと残酷なことだろう。しかし、その運命も種の隔たりも彼らは乗り越えてこの山に消えたのだ。自分がいま同じ境遇にいるからこそその覚悟の凄まじさにミイは胸を打たれる。


(私もメイみたいに固定観念を捨てて生きられるかな・・・)


種の本能のようなものが、“常識”が、彼女の前に大きな壁となって立ち塞がっている。『狼と交わるな』と強く警告している。


でも心は……ミイの本心は既に限りなくギロに近付いていた。「群れに送り届けてやりたい」と言った彼の気持ち、自分の本能を抑えつけてでも相手の尊厳を守りたいと戦う彼の気持ちに、彼女は応えたかった。



「……ギロ。ちゃんと優しく抱いてくれますか?」

数奇な運命を受け入れる覚悟をしたミイの表情にはもう一点の曇りもない。


「……!?」

「私にとってもあなたとの出会いは特別。この奇跡的な出会いを最悪な形でなんて締めくくりたくない……」

ミイは徐に股を開く。


膣は仄かに湿っており、彼女の身体や心が既にギロを受け入れようとしていることを如実に示していた。

「私の初めてをあなたにあげる……。」

ギロはゴクリと唾を飲む。


「……本当にいいのか……?一生に一度しかない“初めて”を……処女を狼の俺にくれるのか……?」

萎みかけていたギロの肉棒に再び血が集まっていく。


「あなたが生きる意味を見つけられるなら私は嬉しいの。この雌の身体があなたの生きる喜びの一つになるのなら……」

その言葉を聞いて、ギロの心も身体も柔らかい山羊の毛皮の上に完全に溶け落ちた。彼はミイの小さな顎にそっと手をかけ、彼女の顔を上げさせた。そしてゆっくりと、初めての口づけを交わした。


種族を超えた禁断の接吻は、二匹の間に秘められた感情を一気に燃え上がらせる。ギロはミイをさらに深く抱き締め、彼女もまた強くそれに応えた。


「さっきは怖かったけど、今のあなたになら……私の全部をあげる。私の肉……肉食獣としてのあなたの生きがいを奪ってしまったから、代わりに私のこの雌の身体を……胸もお尻もおまんまんも……全部あなたの好きにして欲しい。私の身体を貪ることがあなたの生きがいになればいいと思っているの。」

ギロはミイの言葉に胸を打たれながら、改めて深い愛情を込めて口づけを交わした。そのまま二人はお互いの全身を知り尽くさんとばかりに身体を絡ませる。


種族を超えた奇跡の愛。


世界のすべてから閉ざされたこの場所は誰にも邪魔されることなく禁断の愛を育む場所としては最適だった。


しかし、この期に及んでギロはなぜか前戯のその先になかなか進めなかった。その巨大な肉棒をミイにぶち込むことを明らかに躊躇している。


彼女が自分にとってとても大事な存在だと改めて痛感したからこそ、彼はそんな彼女の処女をとんでもない化け物で貫くことを恐れたのだ。相手から股を開いたとはいえ、この体格差。狼が山羊に跨るということ自体がどうしても彼女を蹂躙している気分にさせてしまうのだろう。


「どうしたのギロ?きて……大丈夫よ。獰猛な狼が相手だからって別に私は今からあなたに犯されるわけじゃない。私もあなたを求めるのならそれはただのセックスになる。レイプじゃないよ。だから安心して私を貪って。罪悪感なんて持つ必要はない。ただの純粋な愛の交わりをするの…」

ミイに促されて漸く覚悟を決めたギロは彼女の腰をがっしりと掴むとその巨大な亀頭を割れ目に近付けた。両者の性のシンボルから溢れ出るトロトロの愛液が交わり合い、地面に暖かな水溜まりを形成していく。


「すまない……できる限り痛くないようにゆっくり挿れる……」

グッと鈴口を押し当てて挿入を開始するギロ。


「う…っ」

少し苦しそうにミイが喘いだが、なんとか性器の中でも一番太さのある亀頭部分を咥え込めている。一番の懸念点だった「そもそも物理的に入らない」がクリアできたことは二人にとって幸いだった。


「ミイ……入ったぞ……本当にでかいケツだな、お前は……」

ギロにとって山羊の尻というのは肉としての“美味しい部位”という認識であり、特に巨尻のミイは狼にとって食料としてもさぞ魅力的だったことだろう。


しかし、今のギロにとってはその魅力はすべて性欲に変換される。食ってしまえばたった一回で失われるこの尻も、性的に食らうのなら何度でも楽しめる。

そう考えると、今までなんて勿体のないことをしたのだろうと思うくらいには、ギロはもう山羊を食料としては見られなくなっていた。


ズブズブとゆっくりと掘り進めるミイのナカ。ただでさえ初めてのエッチなのに狼の爆根をぶち込まれているこの状況は彼女にとっては決して楽なものではなかった。

処女膜が破れ、血が滴る中、震えながら必死に耐えるミイ。


すべては彼に生きる希望を取り戻して欲しいという一心で彼女は身体を張っているのだ。


そして……


ギロの睾丸がふとミイの尻に触れる……


「信じられん……全部入った……」

ギロは思わず目を丸くしてミイを見る。彼女もだいぶ消耗しながらも性交可能という事実に少し顔を綻ばせた。


長さ約50㎝、太さ直径10㎝をゆうに超えるギロの爆根に貫かれ、ミイの腹はボコッと膨らみ膣は伸びきって内蔵配置が変わるほどに子宮が押し込められているが、その状態でも笑顔を見せる余裕があるのは、単に彼女の類まれな膣の伸縮性と身体の柔らかさ、そしてそもそもとんでもない巨膣の持ち主であることを示している。


本来なら普通サイズの狼のペニスですら山羊の膣には入らない可能性が高いのに、他でもない群れ一番の巨根の持ち主であるギロと山羊のミイとの間で性交が成立するのは奇跡と言っても良い。


「ミイ、大丈夫か?少し休憩するか?」

ギロはミイを壊してしまわないか心配でたまらないようで、挿入したままギュッと彼女を抱きしめる。


「……なんだか身体全体がギロのおちんちんで支配されてる感じがする……あなたのこの大きな鼓動で私の心臓の音なんて簡単に掻き消されてしまいそう」

ミイはフフフと笑いながら感じたことのない不思議な感覚に身を委ねる。ドクン、ドクンと大きく脈動するギロのペニスでナカから全身が揺らされていると、彼のその圧倒的な肉体を前に自分が今生かされていることすら不自然に感じるほどだ。


「でも、大丈夫。流石にちょっと痛かったけど、でもだいぶ慣れてきたわ。どうかしら、私のナカ…気持ちいい?」

「ああ、暖かくて、ペニス全体に満遍なく吸い付いてくる感じで……まだ腰を振ってもいないのに呼吸や鼓動のわずかな揺れだけでもイけそうだ。……腰、動かしていいか?」

「えぇ」

ゆっくりとペニスを引き抜いていき、そして、また挿入していく……。血が混じってミイの毛色と同じくらいの桃色となった液体が一斉に溢れ出し、ボタボタと地面を穿つ。


「……ギロ……あぁ…ッ!気持ちいい……ギロのおちんちん気持ちいい……ッ!」

巨根の往来に骨盤が歪み、痛みを感じないわけがないが、しかし、それ以上の性的快感が押し寄せてきて、ミイは思わずメスの声をあげる。


「俺もだ……気持ち良すぎる……ッ!ミイのナカ最高だ……ミイ…愛してる……他のどんな狼よりも、山羊のお前が……大好きだ…ッ!!!」

「私も好き……!ギロのことが大好き…ッ!もう何者にも縛られる必要なんてない…!私達だけの世界で私たちだけの秘密の愛を育みましょう…ッ!!」

すぐ外で猛吹雪が吹き荒れているとは思えない程に洞穴の中は熱気に満ちており、リズミカルにパンパンと腰がぶつかり合う音が洞穴の中で不気味に鳴り響く。

普段なら口にするだけでも赤面してしまいそうな甘い言葉を二人は堂々と交わし合い、互いの思いの丈を存分に発散しようとする。

ミイのナカがほぐれていくにつれ、ピストン運動は徐々に速さを増していき、ミイもギロの腰の動きに合わせて腰を振るものだから、愛液に塗れたミイの太腿とギロの金玉がぶつかる度にパァーン!という大きな音が鳴り、彼女の太腿は真っ赤になっていた。


「フーッ!…フーッ!!……ッ!!ミイ!!イきそうだ……!!もうすぐ射精る……ッ!!」

「……ま、待って…!ナカは……ナカは駄目…ッ!」


「……え?」

急なお預けに思わず急ブレーキで腰を止めるギロ。早くイきたくて仕方がないペニスがまるで生きている様にビクンビクンと脈動する。


「ごめんなさい、代わりにこっちを使って……ッ!」

ミイはそう言うと口を大きく開けた。そして、べちょべちょになったギロのペニスを躊躇する事なく咥えると、亀頭を舐め回し始める。

「……ッ!」

ギロのペニスはもう信じられないくらいに敏感になっており、もはやそれだけでも射精しそうな勢いで、ギロの膝はガクガクになっている。


「ギロ、気を悪くしないでね。ナカ出しされたくないというわけじゃないの。こんなおっきな玉から赤ちゃんの種いっぱい出されてもほとんど溢れちゃうと思うと、なんだか勿体なくて……それなら、口でちゃんと受け止めて一滴も無駄にすることなく飲み干したほうがいいかもって……こんな飢餓状態の中でせっかく作ってくれた子種なんだもの」

「ふっ…そんなこと言ってお前もただお腹が減っただけなんじゃないか?」

ギロは特に悲しそうな顔をすることもなくおちょくる様にそう言った。そもそも狼と山羊では子を孕むことはないので、ミイがそう言う意味で中出しを拒否したわけでないことは初めからわかっていたからだ。


「ふふ……そうかも。でも改めてこうして目の前にすると、大きすぎて……顎が外れそう」

ミイは尻こそ人一倍デカかったが、頭部は他の山羊と同じ平均的な大きさだ。正直なところ下の口と開口サイズはさほど変わらず、限界まで口を開いて漸くギロのイチモツを咥え込める程度だった。


しかし、それはギロにとっては好都合で、ミイの狭い口内は、締まりの良い膣と同じようなホールド力があり、SEXと遜色のない快感を生み出していた。


「う……ッ!!」

悶えるギロに畳みかけるように、ミイは両手で陰茎の根元を掴んでしっかり包皮を固定すると、顔をピストンのように上下させてじゅぽじゅぽといやらしい音を洞穴の中に響かせる。


「……あぁ…気持ちいいッ!!……ミイ…ッ!!!で、射精る……ッ!!た、沢山出るぞ…!苦いぞ…!?いいんだな……ッ!?」

あまりの快感を前に余裕がなくなったのか、思わず声を張り上げるギロ。


ミイは了承したように咥えたまま肉棒を口で扱き続ける。


「う…ッ!!……射精る…ッ!!!」

ビュルルルルルルルッ!!ビュルッ!ビュルルッルルル!!!


濃厚な白濁液が胃に直接注がれていく。ミイはそれを嫌な顔一つせずゴクゴクと飲み干していった。

ジュルっと尿道内の残液まで吸い尽くしたミイはぷはぁと大きく息を吐き、雄臭い精液の匂いが口から洩れる。


ソフトボール大の巨大な睾丸から生成された膨大な量の精液は、ミイの胃袋をパンパンに満たしたようで、外から見ても分かるくらい彼女の腹は膨れていた。


ギロはしばらく恍惚とした表情で射精の余韻に浸っていたが、少し冷静になって、自身の射精量の凄まじさを思い返し、それをすべてミイが飲み干したという事実に一抹の不安を覚えた。

「だ、大丈夫なのか。こんな汚い汁大量に飲んで、お腹壊さないか?」

「汚くなんかないわ。そりゃ知らない雄の精液なんて不味いし飲みたくないけど、他でもないギロの赤ちゃんの種なんだもの。……まぁ、ちょっと喉が焼けそうだけどね」

ミイは少しケホケホと咳き込み喉を押さえる。声も心なしか少ししゃがれていた。


「それに精液は栄養いっぱいなのよ?……それこそ冬の時期に食料が確保できず群れが飢餓で全滅しそうな時に、若い山羊に優先的に精液を飲ませて生き残らせたなんて話も聞いたことあるわ。…あ、もちろん自分が生き残りたくて、あなたの栄養を奪ったつもりはないからね…?」

「はは、わかってるさ。しかし、あれだな。狼が山羊を喰って栄養を頂くのは普通だが、山羊が狼から栄養を摂った例は俺たちだけだろうな。」

「ふふふ…本当にそうね。あなたたち狼は今までに何千、何万と山羊を食べてきたことでしょうけど、私は今、狼になる可能性のある子種を何億匹と食べてしまった。」

「狼を億単位で喰らう山羊か……恐ろしいな。俺の女は…」

「狼のリーダーの伴侶に相応しいでしょ?」

二人は目を見合わせ、そしてクスクスと笑った。


「しかし、ミイ。本当に口でするの上手かったぞ。ちんこの耐久力には自信があったが、一瞬でイかされてしまった。雌山羊はこういうのには手慣れているのか?」

ギロは先ほどのフェラの快感を思い出し、舌を舐め回しながらミイに聞く。


「いえ、私はエッチも初めてだし、フェラするのも初めてだけど…でも、他の山羊がヤってるのはよく見たことあるの。山羊って命を守る為に見晴らしの良い平原で暮らしてるし、エッチするにも隠れてヤったりっていうことがあまりできないから。だから子供の頃から大人達が交尾しているのはよく見てたし、そういう意味では慣れている…というか、エッチの仕方はなんとなくわかっていたの。」

「そうか、俺たち狼のせいで、山羊は公開SEXが当たり前になっていたのか。そして、それを子供の頃から見ていたおかげで今こうして俺は秒でイかされた。なんとも皮肉な因果だな。」

両極端の存在である狼と山羊は生き方も価値観も死生観も何もかもが違っていて、その両者の考え方は本来であれば決して交わらず、共有されないものだ。


しかし、彼らはまるで神に与えられ決められた運命を根本からひっくり返したように、奇跡の上で今こうして繋がっている。


それは少し背徳的で、しかし新鮮で、いくら話しても飽きることはない。


「……ミイ。おいで」

ギロはミイを抱え、自分の胸の上に引き寄せる。そのまま片手でミイの豊満な胸を鷲掴みにし、もう片方の手をするするとミイの股間のほうにすべらせていく。


「あ……」

感じ入ったような吐息を漏らすミイ。

ギロはミイの性のシンボルを傷付けないよう爪をしっかり閉まって、肉球をそっと彼女のクリトリスの上に置いた。


「自分だけ射精しておいて、まだお前をイかせてなかった。時間を掛けて……ゆっくりと弄ってやる…」

誰にも邪魔されない秘密の愛の空間。

ミイの敏感な部分を優しく愛撫し、小イきさせてはピロートークを挟んで休憩し、また弄る。

ギロはミイを完全にイかせないことで、この特別で幸せな時間、空間をできる限り引き延ばそうとした。


ただ、「できるならずっとこうしていたい」という気持ちは、この雪山に囲まれた絶望的な状況を考えれば、やや現実逃避の側面もあるだろう。


「どうだ……?気持ちいいか?」

「…うぅ……もう何度もイってるわよ…。本当ギロって意地悪。」

大イきしない程度の生かさず殺さずの愛撫を続けて完全に身体が蕩けてしまったミイは、拗ねたように顔を膨らませるが、頬は紅潮し、股もおっぴろげでまんざらではない。


「幸せ……ずっとこうしていたいな。」

ミイは遠い目をしながらふと小さく呟いた。

「……でも、このままではダメだわ。このままだと吹雪が止む前にあなたのほうが先に飢えて死んでしまう。本来であれば古い精液はそのまま体内で分解されてあなたの栄養の一部になる筈だったのに、私が悪戯にあなたを刺激して射精(だ)させてしまった。だから……」

「代わりに……私を食べて。」

ミイはギロのほうに向き直り、彼の首に手を回す。しかし、ギロは首を振った。


「……食べないさ。最愛の人を殺すくらいなら餓死したほうがマシだ。」

「ううん、違うの。私だってまだ死にたくない。それにあなたの生き甲斐になると約束した以上、簡単に死ぬわけにはいかないわ。だから……死なない程度に少しずつ…私を食べて。」

「そんなこと……」

ギロは悲しい目でミイの真剣な眼差しを見つめ返す。しかし、彼女の眼は固く覚悟が決まっている様で視線は一切ブレない。

初めは冗談で言っているのかとも思ったが、彼女のその目を見てギロは自分が綺麗ごとばかり言っていることに気付いた。


自分が先に死んで、ミイを一人ここに残しても結局彼女は死んでしまう。雌山羊一匹で雪山を降りるのはあまりに酷だし、もし無事に辿り着けたとして、狼と尾を交えた彼女がどう割り切ったら群れに戻れることだろう。


死ねない。


山羊の群れを捨ててまで自分と添い遂げようとしてくれたミイを未亡人にはさせられない。その為には綺麗ごとなんて捨てて形振り構わず生に食らいつかなくてはならない。


ガブとメイがそうしたように、雪山を越えた先の未知の世界に挑むのであれば、それこそ吹雪が完全に止むのを待ってから行動したほうが生存率は格段に高くなる。その時間稼ぎのためにもミイは自らを捧げると、そう言っているのだ。


ミイの提案は実に現実的だ。この状況下でより確実な生還を目指す為にはこれ以外の方法はないだろう。


「……大丈夫。ギロから沢山栄養をもらって、愛も沢山もらった。体力的にも精神的にもだいぶ回復したわ。もし、吹雪が止んだとしたら多分ギロと一緒なら山を越えられる。でも、あなたはどうかしら、このまま何も食べずにいれば見る見るうちに衰弱して、せっかく吹雪が止んでも、その時にはもう動けなくなっていたなんてことになったら私は悲しいの。」

ミイは瞳に涙を滲ませながら必死にギロを説得しようとした。彼が自分の提案には賛成しないだろうことは初めからわかっていた。狼が山羊を喰う、そんな当たり前のことなのに、二人にはもうそれが難しい。でも、何よりギロに生きて欲しいからこそミイは必死に自分を犠牲にしようとしている。


「仮に体の一部を失っても体力は持つはず。そうやって耐えるの。最初は左耳。尻尾、右耳、指…。ちょっとずつ身を削って、代わりにあなたから精液をもらって。ずっとずっと……いつか吹雪が止むその日まで…」


(地獄だ…)

ギロは思った。彼女を一人残して死ぬか、愛を捨て彼女を喰い殺して一人生きていくか。そのどちらかができるのならどんなに楽だったことだろう。


しかし、もう二人は深く深く心が交わってしまった。もし彼ら狼と山羊という種族を作った神がいたとしたら、その本人ですらこの両者が交わることは想定外だったことだろう。


誰もこの二人の愛の末路なんて想像もしていなかった。「愛するものを生きたまま少しずつ喰らう」というそんな残酷な選択肢しかない未来を予想できていたら、最初から愛を育むことなんてなかったことだろう。


(ああ……これは俺が積み重ねてきた罪に対する罰か…)

ギロは左耳に痛みを覚え、思わず古傷を手で押さえた。


ギロは過去に山羊から想定外の反撃を受け、左目に傷を負い、耳を食い千切られている。ただの餌だと思っていた山羊にプライドを大きく傷付けられた彼は、以降、その腹いせに山羊を生きたまま喰らうようになった。


しかし、その残虐な行いは、今そっくりそのまま愛すべき者にまで及ぼうとしている。因果応報とはよく言ったものだが、ここまで皮肉めいた結末もそうないだろう。


彼女を傷付けるくらいならいっそ一縷の望みを懸けてこの猛吹雪の中雪山を突っ切ることも考えたが、まだ希望を捨てていないミイがほぼほぼ心中と同義であるこの選択肢を受け入れてくれるとも思えない。


「ギロ……思い出して。山羊の美味しさを。大丈夫、今まで何匹、何十匹と食べてきた山羊と同じようにすればいいのよ。」

ミイは左耳をギロの口元に擦り付ける。


「今はまだ行為のあとでふわふわしてるの……だから、今のうちにお願い。時間が経って冷静になると怖くなっちゃうから。」

ギロは逆らえなかった。狼の彼が小さな山羊の大きな覚悟を前に完全に主導権を握られてしまっている。


(やるしか……ないのか……。)

何度も冬の飢餓を乗り越えてきたからこそギロには分かった。一回のSEXで軽い眩暈が起きるくらいには消耗している今の状況、もう数日すれば栄養失調で立つことも儘ならなくなるだろうことが。

そうなれば、ミイは自分で耳を引き千切ってでも、無理やりギロの口に放り込むくらいのことはやりかねない。


「ミイ……」

ギロの頬を一筋の涙が伝う。彼はミイをそっと抱きしめ、改めて彼女の命の温もりを求めた。


「ギロ……ありがとう。こんな辛い思いをさせてごめんね。」

ギロはミイの左耳を口に含み、そして…


ブチッ!!


思い切り歯を立て、一思いに食い千切った。

その動きは手慣れており、山羊の耳を千切ったのが一度や二度ではないことを示していた。


「……ッ…!」

あまりの激痛に顔を歪め涙を滲ませるミイ。鮮血がボタボタと垂れ、洞穴の中を充満していた愛液の甘い匂いを掻き消すように鉄の匂いが覆っていく。


ギロは罰の味を心に刻むように、目を瞑りながらゆっくりとミイの肉を咀嚼する。


「……はぁ…はぁ……どう、ギロ?…私の肉…美味しい…?」

正直なところ愛する者を傷付けた心痛でギロは吐き出しそうだったが、しかし、その味はギロが散々食い散らかしてきた慣れた味でもあり、心情は別としても本能が求め続けた肉には違いはなかった。


じゅわぁと広がる血の味が指先まで行き渡るような感覚を覚え、身体に活力が戻ってくる。そんな自分の身体の様子に改めてギロは自分が肉食獣であることを痛感させられた。


「……美味しかった…今までのどんな山羊よりも……ッ」

正直に言った。変に配慮して美味しくないなんて言ったら逆に彼女に失礼な気がしたからだ。

「ふふふ…良かったぁ……凄く痛いけど、でも…これであなたと同じになれた…」

ズキズキと鈍い激痛が走り、本当は泣き叫びたいくらい辛い筈だろうが、しかし、ミイはそれでも必死に笑顔を作った。それは、ギロの精神的な痛みを少しでも和らげたいという気持ちもあるが、同時に欠けた耳を持つ者同士“おそろい”になったことへ密かな喜びを感じていたこともあるようだ。


ギロは痛みに震えるミイの傷口を優しく舐めてあげた。野生動物達にとっては、これもれっきとした治療法だ。唾液にはリゾチームをはじめとした殺菌成分が含まれている他、治癒促進作用や止血作用のある成分も含まれている。


特に耳の傷は自分では舐めることができないので、相方であるギロがしっかり舐めて止血し、化膿しないようにしてあげることが重要なのだ。


ミイは激痛から少し発熱したが、ギロは彼女を優しく抱きしめ続けながら、声を掛け続けた。

幸い氷嚢代わりの雪は沢山あり、看病する上ではこの洞穴もそこまで悪い環境ではなかった。



—そして、その数日後、ミイの熱も下がり会話できるくらいに回復した頃、奇跡は起きる。

それはまるで雨乞いの為に贄を捧げるように……彼女のささやかな犠牲、祈りは結実した。


吹雪が止んだのだ。


より高い生存確度を求める為に片耳を犠牲にしてまで稼いだ時間は決して無駄にはならなかった。ミイの判断は間違っていなかったのである。


洞穴の外は、徐々に明るさを取り戻し、飽きるほど聞いた吹雪の風の音もいつしか止んでいた。二匹はしばらく互いに抱き合いながら、待ち望んだこの瞬間まで耐え抜いた自分達を互いに労い合う。


そのあと、ふとミイはギロの胸元に顔を埋め、小さくため息をついた。


「なんだかこの洞穴も名残惜しいな……」

狭い洞穴に狼と一緒、外は猛吹雪の四面楚歌。そんな絶望的な共同生活も、終わってみれば実に濃密で充実したかけがえのない時間だった。


二匹にとってこの洞穴はもうただの避難場所ではなく、種族を超えた愛が生まれた特別な場所となっていた。外に出るということは、この奇妙で温かな世界から、再び現実へと戻ることを意味していた。その僅かな心残りが彼女を感傷的にさせたのだ。


「ああ。でも、勇気を振り絞って一歩前に踏み出さないとな。」

しかし、ここで足踏みなどしていられない。山の天気は女心より変わり易いものだ。愛する者を傷付けてまで生き延びて、ようやく巡ってきたチャンスを逃すわけにはいかない。


ギロは立ち上がり、洞穴の出口に向かった。ミイもまたその後を追い、外の眩しい光を浴びる。


視界は良好で後方遥か地平線の先には彼らの住んでいた谷や平原が微かに見える。

そして、前方を見ると山の頂も割とすぐ目の前だった。一先ず山頂付近まで行けば山を越えた先の世界が明らかになる。


期待を膨らませ、駆けるように頂に登る二人。久々に立って歩いているが、思いの外足が軽い。気持ちが前向きになっているのもそうだが、特に洞穴生活後半は二人で互いの身体を弄りあったり、SEXしたりと身体を良く動かしていたことで、筋肉が解れていたのだろう。


—そして、山頂にたどり着いた二人は思わず息を呑んだ。


絶景。


その景色を見るだけでも過酷な山登りをした価値があると思えるほどの美しさ。澄んだ青空の下、ゆったりと雲が流れ、その下には地平線の先まで鮮やかな緑の野が広がっている。


暗鬱とした狭い洞穴から一変、まるで世界の中心にでもいるような青と緑の世界に、二人は目を奪われた。


「こんな綺麗な景色見たことない……。」

長い洞穴生活でまだ目が光に慣れ切っておらず、眩しさで目を細めながらも必死に目の前に広がる美しい風景を視界に捉えようとする。ミイは目の前に顕現した希望に鼓動が高鳴り、思わず表情が綻んだ。

「大変な道のりだったけれど、この景色を見れただけでも…二人で一緒に見れただけでもなんだかすべて報われたような気がするわ」

感動のためか少し震えた声で彼女はそう言った。そんなミイに対しギロは優しく頬を擦り合わせる。

「本当だな。この景色は…二人で共有するこの感動は、きっと一生の宝物になるだろう。」

ギロもしみじみと目の前に広がる美しい光景を脳に焼き付けていた。


雲の切れ目から差す陽光が草原に独特な模様を描いている。ふと二人はその全く同じ場所を眺めていることに気付く。

「……あそこが、メイとガブが目指した場所なのかしら……。」

「俺たちも行こう。あの緑の草原に…!」

「うん…!!」

二匹は頬を寄せ合いながらゆっくりと草原へ向かって山を下り始める。


「ねえ、ギロ……」

「なんだ?」

「私たち、あの草原で上手くやっていけるかしら…?」

ギロは小さく微笑み、彼女の頬を優しく舐めてやった。


「心配するな。種族すら超えた俺たちだぞ?どんな困難も二匹でなら乗り越えていけるさ。」

ミイはその言葉に微笑み返し、安心したように頷いた。

「ええ、そうね。ギロとなら何だってできそうな気がする…!」


二人の足取りは軽い。自然の摂理は依然として彼らを阻もうと迫るだろうが、しかし、心から信頼し合える伴侶を得た彼らの前では、もはや世界は敵ではない。


最強のフィジカルを持つ狼と、その大狼の心さえ夢中にさせる魔性の雌山羊。自然の摂理も弱肉強食も超越する彼らは、おそらく新しい世界でも既存の死生観や価値観を滅茶苦茶に蹂躙する。そこに住む様々な生物を巻き込み驚嘆の渦を巻き起こす。


それでも、きっと世界はいつまで経っても気付かないのだ。


異質に見える彼らの関係も、実はなんでもないただの純愛だけで成立しているのだと……


⇒後編「虐殺の果てに」へ

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