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 インターネット上にて、一大ムーブメントとなった存在『Vtuber』。  配信者が画面内で2Dや3Dの様々な個性ある外見を身につけ、動画サイト内での製作動画投稿や実況、雑談やゲームを行いながらの生放送など、新たな外見や人格を表出させつつ、その空間でしか体感できない未知の魅力を世界に露にする電子時代の新文化である。  可愛らしい少女や美女、スタイリッシュな青年や美少年は勿論、怪物や無機物、植物、勇者、魔王、悪魔。  なろうと思えば何にだってなれる、まさしく新たな世界への入口と言っても過言ではなかった。  配信者にも様々な理由があり、やってみたかったり楽しそうだからという素直で直球な理由から、キワモノを演じてみたいなど、それこそ広げればキリが無い。  まさに無数の意思が造り出す無限の世界である。  そんな世界にちょっとだけ興味を持ち、成り行きもあって入り込むことになった一人の女性がいた。 「それじゃあみんな、今日も来てくれてありがとうございました。みんな、またね~」  少しだけ粗の見える、緑のセミロングでそこそこに胸の大きくそれなりに肌も露出している美少女のグラフィックを使用して生放送を行っていた、ポニーテールに結んだ栗色の髪にジャージを着て気だるげな雰囲気を醸し出す樋上由香里。  ジャージの下から盛り上がる胸は、なかなかの大きさだということを匂わせる。 「ふう……今日噛み過ぎちゃってたなぁ……ちょっとは喋りの練習とかしたほうがいいのかな」  彼女は翡翠うみという名前で、頑張って自作した3Dグラフィックを使用し、手探りの中で生放送を少しずつ行っていた。  元々彼女は絵を描くことが得意であり、うみのデザインも自分で描き起こしている。  ふとSNSにて、ちょっとやってみたいなあと気まぐれにつぶやいたところ、ファンから機材が送られてきたために、貰っておいて使わないのも申し訳ないと、それならちょっと本当にやってみようと自分なりに頑張ってなんとか配信の形を作り上げた。  しかし彼女は、過去に一度もその配信というものをやったことがなく、慣れていないこともあってどんなことを話したらいいのかもわからないという、中々に頭を悩ませる状態に入っていた。 「改めてやってみるとみんなすごいなあ……あんなにすらすら喋ったりテンション上げたりで」  実際にやってみると、どうやって間を持たせるか、どうやって話題を繋ごうかなど、慣れないうちは詰まって混乱することばかり。  何度かやっていくうちにそれなりにコツは掴み始めたが、それでも緊張という強い要因が引っ張り、まだまだうまくいっていないなと自覚していた。 「……誰かの放送でも見て、絵描こうかな」  ひとまず自分の配信は頭の隅に置き、由香里は適当に並べられたライブ配信のサムネイルを眺め、そのどれかをBGMに何か描こうかなと考えた。  どの画面の人物も魅力的であり、惹かれるものがある。品定めするように悩んでいたところに、由香里の目にあるVtuberの放送サムネイルが入り込む。 「朱月(あかつき)アスカ……?」  快活なお姉さんという印象を与える表情に、お姉さん的雰囲気の強い顔立ち。それに合わせたような、紅い長髪と大きな胸と抜群の長身スタイルが、通りがかった者の目を引くには充分すぎるほどの素晴らしい造詣をしていた。 「うわっ、いい……ちょっと見てみよ」  迷うことなくその画面をクリックし、果たしてどんな話や動きをしてるのかとライブ配信へ乗り込んだ。  しばしの読み込み画面の後に、アスカが動く電脳空間の映像が映し出される。  最初にその目に入りこんできたのは、胸を強調するように背伸びをしている光景だった。 「すっご……なにこれ……!」  可愛らしくも色気のある仕草と、お姉さんというイメージが相応しい声で自由に動くアスカ。  その姿に一目ぼれをしてしまう人は少なくない。それ程の魅力が視覚的に表れているが、由香里はそれとは別の部分に注目した。 「ちょっと柔軟体操~。身体を解すのは健康の秘訣……ってね。って、ここバーチャル空間じゃない!」 「なんでこんなに違和感無く自由に動いてるの……?」  目を見張る程に整ったグラフィックに、カクつきが全くと言っていいほどに見られない、視線、首、肩や関節諸々の自然な動作。  さらには空間内を自由に動き回っても粗が見られない程の美麗さに、その部分だけ特別なエンジンでも使用しているのかと考えてしまいそうな現実的な長髪の動き。  どれだけクオリティが高くとも、人体の動作には少々の不自然さは見られるその電脳空間で、これ程までに現実に近すぎる動作をしている朱月アスカに、由香里の眼と心は一気に釘付けになった。 「どうもー、私の放送に来てくれてありがとうねみんな。でも今日は本当にノープランで放送始めちゃったからぁ……あはは、どうしよっか」  リップシンクも完璧で、声にも違和感は見られない。しかしここでようやく一つの不自然さを体感する。  放送中に流れるコメントへのレスポンスが、明らかに他の放送よりも速かったのだ。 「一体どうなってるの……なんだかすごい人見つけちゃったかも」  ただそれに関しては、速読能力と返すまでの思考力が高いだけかもしれないという単純な解でも表せる為、深く追求する気も起きなかった。  だがそれでも、由香里は間違いなくとんでもない大物に出会ってしまったのだと確信した。その謎めいた存在に、由香里はどんどん心惹かれていく。 「んーどうしよう。うーーん、そうだ! せっかくだし、誰かと話すとかいいかも? さすがにすぐ互いの姿用意してーとかは無理そうだけど、音声通話だけでなら~」  気まぐれで始めたらしいノープラン放送の中で、唐突に切り出された思い付きの通話企画。  由香里はこれを、間違いなく大きなチャンスだと確信した。  ここで繋がることができれば、どうやってこんな3Dグラフィック製作や完璧な動作を行えているのか教えてもらえるかもしれない。そしたら、自分の創作にも大いに役に立つ。  いくらでも金払うから是非学びたいと、由香里は表情を締めてマウスを持つ手を強張らせた。 「じゃあ先着一名で、私のミスコードのサーバーに……」  それを聞いた瞬間、由香里は早速行動を開始した。  名前の出たソフトは既にダウンロードしている。アスカの説明を聞きながら迅速に手を動かし、その口頭の手順通りに誰よりも早くアクションを起こす。 「おっと! 早速来ましたね……えっと、翡翠うみさんかな。こんなに早く来ていただいてどうもありがと! あっ、私と同じVtuberなんだ! じゃあちょっとしたコラボね!」  過去の様々な出来事でそれなりに鍛えられた行動力が功を奏し、なんとか通話の権利を手に入れた由香里。  画面内では、ちょっとしたコラボとなったことに、顔の前で両手を合わせて笑顔で喜ぶアスカの可愛らしい姿が映し出されている。 「じゃあ通話始めますね。どうもー」 「ど! ど、どうも!」  偶然見かけた未知の人物と繋がることに成功した由香里。  しかし精神を研ぎ澄ませた後の反動と、すごいであろう人物相手になにをどう話せばいいのかという緊張感から、第一声で大きく声が跳ね上がってしまう。 「大丈夫、落ち着いて。えっと、あなたが翡翠うみちゃんでいいんですよね?」 「は、はい! ひが……翡翠うみといいます! よろしくお願いします!」  思わず本名を喋ってしまいそうになりながら、今までの自分の放送ではしたことのないようなテンションで挨拶する由香里もとい翡翠うみ。  画面の前で思わず、頭を下げつつひええという声が聞こえそうな唇の形をしている。 「もう頭下げちゃってぇ……さ、今日は来てくれてありがとね。さてと…………あはは、どんな話ししよっか?」 「えっちょ、ええ!?」 「ごめんねー。本当に今日の放送は行き当たりばったりで、何も考えてなかったの! あっ、じゃあとりあえずコメントの方とかでうみちゃんのチャンネルの紹介でも……」  ガチガチの緊張から、アスカの抜けたような一言で、ほっと強張りが解れたような気がした。  その時の表情も、笑いながら両手を合わせて、ウィンクと一緒に軽い謝罪を交えるという一気に気を許してしまいそうな動作で、とにかくこの人はわかっているなという感想が心から溢れ出して来た。  柔らかな小さい笑いを出しながら、由香里はアスカが言っていた通りにコメント欄に自身のチャンネルのアドレスを投稿する。  その時、少しだけ間を置いたことで冷静になれた由香里の脳裏にある疑問が浮かんだ。 「なんで、頭を下げてるってわかったんだろ……?」  由香里の使用するPCのモニターには、翡翠うみのグラフィックと動作を連動させるためのカメラが備え付けられている。しかしそれは今動かしてはいない。  そもそも画面の向こうから自分の状況が見えているはずもないので、なぜそれがわかったのかという時点でおかしいと思える。  はっきりと聞き取れないような小さい声で疑問を口にした直後、アスカが画面の中で口を開く。 「じゃ、こちらが翡翠うみちゃんのチャンネルということで、みんなよろしくねー! さてそれじゃね……そうだ、私を知ったきっかけとかってあります?」 「えっ、あっ、えっ! あ、そうですね……」 「んもーまたまた緊張しちゃって~そんなに私が魅力的かなぁ~?」  大きく前に腰を曲げ、視聴者相手に前かがみになりつつ妖艶さが垣間見える笑みを見せるアスカ。  細かいところでサービスを欠かせないというその一投足が、彼女の魅力を引き上げる。 「んもう冗談冗談! 話を戻してと、私を知ったきっかけとかってなんですか?」 「あ、えっとですね……実は今日この放送で知ったばかりで、あんまりに可愛かったからつい……」 「えっ、ほんと!? この放送から!? すっごーい! もう、行動力あるじゃないー!」  静と動をそれぞれ使い、場を制圧しながらぐいぐい引っ張って話を続けていく。  そのどこか秘めた思いやりも感じられる、とにかく会話を続けていこうというそのアスカの手腕に、由香里は少しだけたじろいだりしながらも、それなりに対話を続けることができていた。 「おっと、もうこんな時間。それじゃあそろそろ、放送を締めたいと思いまーす。うみちゃん今日は来てくれて本当にありがとうございます」 「いえこちらこそ、ありがとうございます!」 「今回は駄目だったけど抽選に参加してくれたみんなも、視聴者の皆様もありがとうございます。それじゃあみんな、また今度ねー!」  二人の間の雰囲気が解れ、中々にゆったりとした会話が続き、そのまま朱月アスカの生放送は終了した。  それと同時に緊張の糸が切れた由香里は、ずっと会話を続けた疲れを乗せて、ごろっと椅子の背もたれへと身体を預けた。 「ああーーーー疲れた…………けど、楽しかったなぁ。そっか、話すときとか放送ってああいう風にやればいいのかな」  ほぼほぼ奇跡的に実現した、通りすがりに見かけた未知なる神との対話の実現。  とても楽しいものでありながら、会話の雰囲気や視聴者への振る舞いなど、放送する上での参考になる部分がいくつもあり、由香里はいい勉強になったなあと感じられた。 「……あれ、でもなんか忘れてるような…………ああ! 3Dモデルや動きのこと聞くの忘れてた!」  見惚れてしまっていた弊害に、一番肝心な目的を忘れてしまっていた由香里。  今から聞こうにも既に放送は終わっているし、その放送が終わった直後にまた通話をかけようとするのは失礼ではないか。  メッセージを送るにしても、喋り通して疲れていないかと、どうしても一歩踏みとどまる常識と気遣いが頭を悩ませていた。 「やっちゃったなあ……次を待つしか……あれ?」  この先にそのタイミングがあるのかもわからないが、どうにか会話できる状況が起きないかなと考えていたその時、由香里のアカウントに何者かからのダイレクトメッセージが送信された。  一体誰だろうと思いながらその詳細を確かめると、由香里は言葉を失った。 「へっ!? あ、あ、アスカさん……!?」  メッセージ欄に表示されている、朱月アスカのアイコンと名前。しかもそれはファンが使用しているような者ではなく、本人のみが使用している一点物である。  まだ完全な確証は得られていないが、由香里は驚きを隠せない表情をなんとか抑えつつ、その内容をなんとか確かめた。 「えっと、私とフレンドに……もしよかったら個人的に話も……??」  その内容は、今日出会ったのも何かの縁だから、せっかくだし今からボイスチャットでもやって仲良くなろうというまさかの物だった。  そんな話題をぶつけて迷惑じゃないかと思っていたところに、相手方から歩み寄ってきてくれたことに驚きを隠せない。 「えっ、えっ!? 嘘嘘嘘嘘……!」  まさかそんなことがあるのかと慌てふためきながら、由香里はそのメッセージの内容を快く了承する内容の返信を即座に行った。  それから一分と経たず、アスカ側から発信された通話の通知音がスピーカーから鳴り響く。由香里は迷わず表示された通話開始ボタンを押した。 「やっほー、朱月アスカだよ。驚いた?」 「は、はい……まさかあんなメッセが来るなんて……」  先ほどの生放送と違ってグラフィックも無いため、表情や動作は全く見られないが、その明るい声から、脳内に放送で見せる姿のまま笑顔で手を振る様子が容易に形にできる。 「ふふん、ちょいちょい何か話したそうだったし、せっかくだからと思って」 「なんて優しい……」 「ありがとうみちゃん。それじゃ、どんどん話してくれて構わないわ」  アスカの優しさが五臓六腑に染み渡る。  由香里は画面の前でしっかりと頭を下げつつ、改めて聞き出したかったことを口に出す。 「はい、あの……あのアスカさんのグラフィックってどうなってるんですか? あんな自然で可愛くて、動きがとにかくなんというか……すごくて。どうやって作ったんですか?」 「ああ、やっぱりそこ気になっちゃう?」 「あれ? てことは、今までにもそんな話が?」  表情は見えずとも、アスカの声からは予想通りという感情がわかりやすく伝わった。 「まあね。ただ、口頭で教えられるものじゃないから……明日にでも私と会わない?」 「ああ……へっ!? あっ、明日!? 会う!?」  3DCGについて教えてもらおうと思ったら、まさかのオフに誘われた。その不意打ちに、思わず大きくたじろいでしまう。 「予定とか大丈夫? もし難しそうだったらずらすけど……」 「あっ、へっ、いいいえ! 大丈夫です! 明日いけます!!」  慌ててスマホのスケジュール表を確認し、明日にめぼしい予定がないことを確認してすぐに了承の返事をあわあわしながら伝える由香里。  あまりの急展開に、自身の脳の処理が追いついていない。 「よし! じゃあ決まりね。じゃあ待ち合わせ場所は後で送るから。あっ、ラフな格好でも大丈夫だよ」  わちゃわちゃしている由香里とは対照的に、あくまで明るくかつ淡々と詳細を伝えるアスカ。  とにかくその口ぶりからは、はっきりとした冷静さも垣間見えた。 「他に何かあったりする?」 「あっはい! いいえ! 大丈夫です!」 「そっかー。いきなり通話かけたりしてごめんね。それじゃ明日、楽しみにしてるね! これからもよろしく!」  別れの一言を伝え、嵐のように過ぎ去っていったアスカ。  その勢いに流されるままになっていた由香里は、訪れた静寂の中で少しずつ冷静になり、頭の中を整理した。 「な、なんだかすごいことになってきちゃった……」  ジェットコースターのように決まっていった、アスカとの約束。  電脳空間内の姿のイメージ通り、ぐいぐい引っ張っていく感じの人なのかなぁとその印象を回想していると、前言通りに、ダイレクトメッセージに待ち合わせ場所の予定が送信されてきた。 「すごい早いなあ……なんだか、出来る人って感じかも。……あれ、家からも近い……」  指定した待ち合わせ場所は、由香里の自宅から十分もかからないような近場であり、分かりやすい目印となるオブジェクトも存在している、まさしく事前にセッティングされた初対面に最適な場所だった。 「明日かぁ……うーん……」  どんな方なのか、どんなことを教えてもらえるのか。楽しみが尽きない一方、果たしてそんな人に自分程度の者が会わせて頂いてもいいものなのかと、誘われた側だとしてもどこか不安に感じていた。 「…………ま、悩んでも仕方ないか! 絵描こ!」  思考がネガティブに寄りかけていたのを自覚した由香里は、要らないことをうだうだ考えても仕方ないと即座に気持ちを切り替え、自身の大好きな創作作業へと移っていった。  そうしてその日の就寝時間まで時間を使いつつ、由香里は一瞬で決まった待ち合わせ当日を迎えた。 * * * 「うう……手直ししすぎた……」  朱月アスカとのオフ当日。由香里は前日の夜、思わず気分が乗って遅くまで修正と加筆を重ねた結果、殆ど睡眠時間を確保することができず、寝不足のままに待ち合わせ場所へと向かうこととなってしまった。  無数の目覚ましでなんとか開いた瞼を半分持ち上げ、いかにも眠たそうに眼を擦りながら、急ごしらえの服とある程度整えた身なりで、日差しの下を歩く。 「眠い……ああ、あそこ描き直しとこっかな……」  ふらふらしながらも、脳内に新たな修正案が浮かぶ由香里。  そんな焼きついた業のような創作心を渦巻かせながら、ゆったりとした足取りで由香里は待ち合わせ場所へと到着した。  大きなあくびを手で隠しつつ、周囲を見渡してそれらしい人物がいないかと確認する。 「えっと、アスカさんどこかな。先についちゃったかな」  今のところそれらしい人物は見当たらない。もう少し眠っててもよかったかなと思い始めたその時、由香里の方へと歩いてくる一人の女性が現れた。 「もしかしてあの人? えっ、ほんとに?」  その女性は、遠くから見てもわかる程の抜群のスタイルを持っており、縦模様のセーターが引き立つ大きな胸と、デニムによって引き立つかっこよくも美しい細い足腰。  さらさらとしたミディアムの艶めいた髪に、芸術品のように整った顔立ち。  朱月アスカのコスプレをしたとしても絶対に見劣りしないであろうその姿に、由香里は思わず固まってしまった。 「お待たせ。あなたが翡翠うみちゃんよね?」 「は、はいっ!」  その声は、生放送や通話で聞いた物と全く同一。あのVtuberの声の持ち主が、リアルでも完璧な造詣のままで動いていることに、由香里は夢の中であることを疑わずにはいられなかった。  声が裏返りながらの挨拶と同時に、深々と頭を下げる。 「そんなかしこまらなくてもいいよ。あっ、ここじゃ朱月アスカじゃないから名前を言わないとね。私は廻矢(めぐりや)千里って言うの。うみちゃんは?」  なんだそのかっこいい苗字はどこまで完璧なんだとこの人はと心の中で賞賛しながら、由香里はバトンを渡された通りに自己紹介を始める。 「私は樋上由香里って言います! よ、よろしくお願いします!」 「由香里ちゃんかー。結構かわいいじゃない」 「か、かわっ!?」  千里の口から飛び出した、自分のことを可愛いという直球ストレートの褒め言葉。  由香里の声はわかりやすく裏返り、その感想をどうやって受け取ればいいのかわからず顔を赤くしていた。 「ふふ、今日は会いに来てくれてありがと。えっと、朱月アスカのグラフィックや挙動について聞きたいんだったよね?」 「は、はい! そうですっ!」 「じゃあちょっと、その説明もするのも含めて……うちに来る?」 「う、うちに!?」  話すたびに、急激に距離が縮まっていくような錯覚すら感じられるほどの展開の早さ。  確かにその作り方や独自のものかもしれない操作を教えてもらうならば、その現場でご教授してもらった方が早いだろう。  しかし、昨日今日知り合ったばかりの相手にこんな抵抗も無くフランクに自宅へ招くという展開は、さすがに由香里には予想できなかった。 「どう? 由香里ちゃんがよければだけど」 「もちろん! いかせていただきます!」  客観的に見れば、とんとん拍子に事が進みすぎているためにどこか怪しくも思える状態。だが由香里は、目の前の輝かんばかりの魅力に強く惹かれ、やや盲目気味にその誘いに乗った。 「よかった。断られちゃったらどうしようかなって思ったけど……」 「いえそんな! あんな技術教えてくださるというなら、お金払ってでも! むしろ払わせていただきたい……」 「そこまで……そんな難しいわけでもないよ。それじゃ、一緒に行きましょっか」  テンションが留まることを知らない由香里。そんな姿を笑顔で見守りながら、千里は背を向けて歩き出した。 「楽しみだなぁ、アスカさ……千里さんの作業場」  果たしてこんな美人の作業場は一体どんなものなのか、モーションはどのように取り込んでいるのか、もしモーションキャプチャーならば、こんな綺麗な人があんな可愛かったりかっこいい動作をしたりしてるのかと、ぐるぐると脳内を妄想が駆け巡る。  その全貌が明らかになるならば、その衝撃に自分は耐えられるのだろうかと、由香里は期待を高めながらその背中についていった。  待ち合わせ場所からしばらく移動し、二人は新し目な一軒家の前で立ち止まる。 「ここよ」 「えっ、ここが……?」 「そ、私の自宅兼配信場所」  口を大きく開けた驚きの隠せない表情でその自宅を見つめながら、由香里は千里の後ろについて、真っ直ぐ入り口へと向かっていく。  清潔に保たれた玄関を上がり、案内されるままに広いリビングへと入っていった。  内装は非常に綺麗に保たれ、シンプルに必要な家具類だけが設置されている。 「きちんと片付けられてる。すごいなあ……私のうちとは大違い」 「ところで由香里ちゃん、由香里ちゃんはどうして私がやってることを知りたいと思ったの?」  由香里に背を向けたまま、ふと唐突に質問を投げかける。  その声色は、それまでと同様に明るめではあるが、不思議と妙な冷たさも感じられる。 「え、えっと……私、ちょっと絵を描いてるんですけど、その参考にしたりできないかなーとか、あわよくば私の翡翠うみのほうにも何か手を加えられないかなーって……」  頭の端にほんの少しだけひっかかりを覚えながらも、それを無視して動機を正直に伝える。  それを聞いた直後、千里は即座に振り向き、顔が数センチ単位まで近づくほどに距離を詰める。 「なるほどね」 「な、なんですか千里さ……ん!?」  いきなりがっつりと接近してきた、絶世の美人。思わずガチ恋してしまいそうと小さく仰け反りながら困惑していると、少しだけ唸ってから口を開いた。 「ねえ由香里ちゃん、私があんなに綺麗なモデリングで、自由に動かせる理由を知っても……引いたりしない?」 「?? 当然じゃないですか。引く理由なんてないですし」  きょとんと何を訳の分からないことをというニュアンスの顔を見せる。  一方でその表情と言葉に安堵を覚えた様子の千里。直後、おもむろに着用している衣服を次々と脱ぎ始めた。 「えっ! ちょっ、何してるんです!?」  いきなりの露出行動に戸惑う声を上げるが、それでもその手は止まる気配はない。  そして下着すら脱ぎ捨て、千里はその彫刻のように綺麗な身体を曝け出した。  アンダーヘアどころか産毛一つすら無いつるっとした全身の肌。無駄な肉は一切ついておらず、その完璧さが、張りのある大きな胸をさらに強調させる。 「つまりは、こういうことなんだ……ん……あっ……」  千里は自分の両胸を鷲掴みにすると、感じているような声を出しながら、左右に引っ張り出す。  すると、千里の胸はかちゃりと小さく無機質な音を鳴らしながら、まるで扉のように観音開きに開いてしまった。  それは到底、人間には決して起こるはずのない現象である。  その胸の中からは、動力源らしき部品や金属の骨格など、肉片一つ無い金属のパーツで構成されていた。 「嘘……これって……」 「そう、私は所謂ロボット。脳だってこの体内だって全部作り物で電子部品。人間の形したハイスペックPCみたいなもの。どう、これで理由わかった?」  今巷には、様々な人工知能やロボットなどの話題がある。しかしここまで、人間と同じとしか思えないようなタイプのものは見たことが無いし架空の存在と思っていた。  だがその空想が目の前にいることに、由香里は驚きを隠せなかった。 「すごい、本当に……」 「それでね、私が由香里ちゃんを呼んだのはそれだけじゃない。事実を言うだけならここじゃなくてもいいから。……私ね、人間をロボットに改造できるの」  次々と知らされる非現実的なカミングアウトに、由香里はうまく返事すら返せなくなった。  人間を丸々機械に変えられるという、よくホラー系のSFにあるような話が本当にあるとは、目の前の事実を以ってしてもまだ信じがたい。 「もし由香里ちゃんがよければだけど……ロボットになってみたりしない? 元の肉体には戻れないかもしれないけど、今の世の中なら今の身体よりも不自由はないよ?」 「……断ったら強制的にとかは」 「そんなのないよ! 悪の組織じゃあるまいし」  一週間すら経っていないような短い間柄ではあるが、その言葉に嘘があるようには感じられない。むしろ千里側の方が、あまり言えなさそうな秘密を先に明かしてくれている。  と同時に、話を聞いているうちに由香里は、だんだんそんな身体になったら自分がどんなことになるのかという興味が湧きつつあった。  それほど今の身体に執着があるわけでもなく、形が変わっても自分のままならそれでいいんじゃないかと考えていた由香里は、深くは考えず、試してみようかなという気持ちに揺り動かされようとしていた。 「じゃあ……ちょっとやってみようかな」 「ほんと! 嬉しい! ああ、私と同じ仲間が増えるなんて……」  胸部を開けっぴろげたまま、了承してくれたことに弾んで可愛らしく喜ぶ千里。真横に向いた乳房が、喜ぶたびに揺れている。 「そうと決まれば、早速準備しなくちゃね」 「えっ!? 今すぐですか!?」 「そうだけど……どうしたの?」 「だって、まだ動けない間のどうこうとか……」 「心配しないで、一日も使わず済ませられるし、改造が終わればすぐに動けるから」 「えっ、ま、まあそれ……なら……」  ライブ感とも言える位にとんとん拍子に話が進んでいく。心の準備がまだ終わったわけではないが、了承したのは自分だしと、とりあえずの心構えを整えた。 「じゃ、最初に下準備をするね。ちょっと我慢してて……」  左右の胸を閉じ、元の人間らしい姿を取り戻す千里。開かれる部分の継ぎ目のような箇所も見当たらず、本当にただの人間にしか見えない。  そして、ゆっくりと由香里の眼の鼻の先まで近づくと、そのまま千里は一瞬蕩けるような表情を見せ、その唇に優しくにキスを行った。 「ん! んんー!」  ぴちゃぴちゃと静かな室内に鳴る、唾液が絡む水音。的確に感じるように刺激するテクニックで、柔軟に舌を絡められる。  予想だにしなかった美女の行動に、由香里は驚愕しながら慌てふためく。  しかし、その官能的なキスに解されるように、身体がだんだんふやけるように力が抜けていく。  千里の舌は柔らかく熱く、そしてその唾液はなぜか、身体が溶かされそうなほどにとても甘かった。  思わずその甘い唾液を飲み込んでしまうと、だんだんと下半身が疼き始めると同時に、意識が朦朧とし始めた。 「ちさと……さん……?」  千里がぷはっと口を離すと、由香里はふらふらと下がりながらよろけ始める。  次第に感覚が無くなり、経っていられないほどに足に力が入らない。そして、そのままぐらりと倒れ、意識を失ってしまった。  ぐったりと倒れた由香里を見下ろし、千里は冷たい床の上で転がった彼女をいとも簡単に持ち上げ、地下へと繋がるドアを手も触れずに開ける。 「ありがとね、翡翠うみ――樋上由香里。由香里ちゃんの可愛さは間違いないと思った。もっと可愛くなれる。だから、私と一緒に……」  柔らかな笑顔を向けながら、千里はドアの向こうに繋がる冷たく無機質な階段を進んでいった。 * * * 「ん……う……うう……ここは……」  目を覚ますとそこは、一つのドアといくつかの大きな機械が鎮座しているという謎の部屋だった。  なんとか様子を確かめようと上半身を起き上がらせると、由香里は今の自分の格好に目を丸くした。 「へっ! は、裸!?」  眠る直前までは、確かに衣服を着用していた。それが今は布一枚すらなく、一糸纏わぬ姿でベッドの上に横たわっている。  理解の追いつかない突然の状況に由香里は慌てふためくが、同時に自分の身体に対して違和感を覚えた。  嫌でも何度も見ている自分の裸。その身体には陰毛どころか無駄毛一本すら見当たらず、二次元のキャラかと思えるほどに艶めきつるつるとしている。  ボディラインも妙に以前より引き締まってかつ色気に溢れ、身体もなんだか軽く感じられる。  まるで自分のものでないような身体。だが確かに、自分の意思で動かせている。  大きく変化した自分の身体に触れようとした時、後方からぺたぺたと素足の足音が聞こえてきた。 「おはよう由香里ちゃん」  その声にははっきりと聞き覚えがある。倒れる直前まで何度も聞いていた千里の声である。  先ほどと変わらず全裸で目の前まで現れると、小さく笑いかけながら話を続けた。 「気分はどう?」 「どう……というか、なんかすっきりしたというかなんというか……というかなんで裸で」 「よかった、異常はないみたいで。改造処置を終えてすぐに起動したから服を着せるの忘れちゃってて……」 「ああなるほど……本当に私、ロボットになったんです?」 「ええ、本当に。試しに軽く後頭部を触ってみて。絶対強く触れちゃ駄目だからね!」  由香里は注意をちゃんと聞き入れつつ、言われた通りにそっと手を自分の後ろ頭へと当ててみる。  すると、いつもなら感じられるはずの頭髪の感触は無く、表面に微妙な凹凸がある金属のような硬質な物体の感触が現れた。  さらにその物体に少し力を入れて触れると、内側から頭部全体が押されているような感触と、なんだか自分の意識がぐらぐらと揺れるような奇妙な感覚に襲われた。 「うえっ、なに今の……」 「強く刺激すると危ないよ! まだそういうプログラム入れてないんだし」 「もしかして今のって、私の脳?」 「そう、由香里ちゃんの中枢。金属の部品に生体脳の全データが入ってる」  由香里はそれを聞き、再度優しくその金属部品を手に触れる。  肉ではなくこの固い物体に自分の全てがある。しかも触れてもぐにゅりともせず潰れもしない。頭の中を直接触れているのに、その手には血の一滴すら付着していない。  気軽に自分の中に触れられているという信じられない事実が、あまりにも異質で不思議でたまらなかった。 「やっぱり不思議な気分になるよね。肉の塊から金属の塊になったんだし」 「ええ、なんだかすごく」 「……それじゃ、早速行ってみる? 仮想空間に」 「本当に、行けるんですか?」 「もちろん。最初は身体の動かし方とか難しいだろうから、私が連れて行くよ」  機械化したことによるメリットを享受する時が早速訪れた。  まだ自分が機械になったという実感は、はっきりとあるわけではない。手に触れたものも、本当に自分の一部なのか見たわけでもなく、身体もまだ生身に見える。  果たして本当に、自分はあの電子の世界にいけるのか、それが今はっきりと確かめられる。 「じゃ、じゃあ……お願いします」 「ちょっと私が操作するから、気分を害したらごめんね」 「えっ、それっt……別機体からの指令信号を受信。電脳空間への接続を行います」  一瞬表れた戸惑うような表情から一転、その顔からは一切の感情が消えうせ、無感情のシステムメッセージを淡々と動作する口と共に発した由香里。  それからは頬に触れても眼球に触れても、嫌がる様子は無く一切動くことはなくなってしまった。 「よし、ちゃんと動いてる。……ちょっとだけならいいよね」  現実世界での反応が無くなったのを確認し、邪な心が噴出す千里。  糸の切れた等身大の人形のようになった由香里の上に覆いかぶさり、女性器同士を合わせ、そっと唇を重ね舌を入れる千里。  その行為自体に意味は無いが、つい湧き上がる性欲のままに一つになってみたいと考えてしまい、赴くままに行動した。 「待っててね由香里ちゃん。私も今から行くから……電脳空間への接続を行います」  溢れる情欲をぶつけながら、千里は同様にシステムメッセージを発し、そのまま無表情になり動かなくなった。  千里の外部操作によって引っ張られ、四角形の模様に囲まれた3Dモデルの動作テストに使われそうな簡素な空間に、全裸のまま放り込まれた由香里。  本当にここは電脳空間なのかと思える程に、現実世界と感覚はそれほど変わらず、自分の肌に触れた時の感触もさほど大差は無い。  ぐるっと周囲を見渡してみるが、誰かがいる気配は一切感じられない。 「ここが……バーチャル空間ってやつなのかな」 「そう。ここが電子上の世界。3Dグラフィックを通して皆が触れ合い動く世界」  誰もいなかったはずの空間から、突如姿を現した千里。  しかしその姿は、先ほどまで対話していた廻矢千里の姿ではなく、Vtuber朱月アスカの姿だった。 「ち、千里さ……いや、アスカさん!?」 「驚いた? 朱月アスカのデータも私の中に入ってるから、こうやって」  楽しそうな笑顔で出迎えつつ、一歩ずつ由香里の方へと歩み寄る。一歩歩くたびにその姿がぶれるように歪んでは形が整えられ、その現象が終わる頃には、アスカは元の千里の姿へと戻っていった 「いつでも姿を変えられる。この世界は全てが自由なの。どう? 気に入ってくれた?」 「すごい……すごいです!」  目の前で次々と繰り広げられる魔法のように非現実的な現象の数々。  だがそれが許されるのが電脳世界。そんな世界が楽しくないわけがなく、由香里の声と表情は興奮一色に染まっていた。 「気に入ってもらえて何より。それじゃあ……この世界の醍醐味を教えてあげるね」 「この世界の醍醐味……ひゃうっ!?」  意味深な発言を耳にした直後、由香里の身体に突き抜けるような快感が突然走り出す。  全身を一瞬硬直させ、びくんと震わせた後、嬌声を上げながら膝から崩れ始める。 「私達ロボットは、人間では味わえない快楽を得られる。それは電脳世界も同じ。何もかも思い通りになりから、こうやって……」  千里は同じ膝立ちの姿勢になり、身体を密着させつつそっと口付けを交わした。  互いの唇と乳首が触れ合った瞬間、互いの脳天に電流のような快楽信号が迸った。 「んんー! ん……う……ぅ……ふあぁ……なにこれぇ……」 「どう由香里ちゃん……気持ちいい……?」  今までの素手や道具を使った自慰行為とは比べ物にならない程の快感に、自我が蕩けそうになる由香里。  ロボットになる直前のキスの時点でも、どこかドキドキと心臓の鼓動が激しく妙な気持ちになったこともあってか、千里と身体を合わせたいという感情が一気に芽生え成長し始めていた。 「きもちい……あっ……んん……」 「私も……あっ……ん……ここで誰かと交われるなんて……ぇ……ひゃんっ!」  快楽に震え脱力する二人は、次第に膝で立つことすらもままならなくなり、ゆっくりと抱き合ったまま横に倒れた。  足が自由になった二人は、互いの足を蔦のように絡ませ、女性器同士を擦り合わせる。  その一方、現実世界の二人の身体は、まるでラブドールを使った写真のように絡み合ったまま動作を停止していたが、電脳空間での二人の行為と快楽信号に反応するように、時折ぴくりと身体を震わせていた。  由香里と千里、それぞれの女性器ユニットからは、じんわりと人工愛液が垂れ始めている。 「あっ……あんっ……千里さ……ん……」 「んん……ん……はっ……」  電脳世界で感じる、0と1で作られた擬似的な肉体の感覚。  身体同士、口同士、胸同士、触れ合う度に一瞬で気持ちよさが直接噴き出してくる。  現実世界では決して味わえないような快楽を全身に感じ、由香里はどんどんロボットの身体の虜になっていた。 「んむ……ぅ……由香里ちゃん……気に入って……くれた……?」  口を塞がれたままでも喋り続け、その世界と身体の自由度を示す千里。  気に入った相手と交われることが嬉しくて楽しくて仕方が無い。人間から機械となった由香里の反応の一々が初々しく、愛おしくてたまらない。 「ああっ! あっ……あんっ……はい……とっても……」  当の由香里も、快楽にまみれた今の状態がとても楽しくて仕方が無い。  千里さんにどんなことを教えてもらおうか、どんな話を聞いてみようか、どんな風に応用できそうか、なんだかそんなことを考えていたような気がしたが、今はそんなことは後でいい。蕩けそうなこの快楽に身を任せていたいと、千里の施しにひたすら身を任せていた。 「よかった……あんっ……ねえ、もっと……気持ちよく……なりたくない……?」 「ああっ! あんっ……あっ……は……い……ほし……い……です……」  ただでさえ人間の時よりも気持ちよくて仕方なかったのに、これよりも気持ちよくなれてしまうのかと、由香里は最初の目的を完全に頭の端に置き、舌を出しながら中毒のように快楽信号を求める。 「ふふ……嬉しい……それじゃ……ぁ……ちょっと待って……んむぅ……」 「あっ、あああっ……ふあああああっっ!?」  千里は今までと同様に唇を重ねる。しかし今度は今までとは違い、舌を口の奥まで伸ばして喉から体内から弄るように舐めまわし始めた。  そして、何があってもいいようにと由香里の人格データや記憶データのバックアップを取りつつ、痛みや違和感などの感覚を気持ちよく感じるようにと、プログラムの改竄を行った。  喉の奥に何かを突っ込まれる異物感を最初だけ感じた由香里だったが、その感覚はすぐに快感へと変わっていく。  電脳空間内では、その身体の構造を完璧に再現されているわけではない。だからこそ、現実ではできないことも可能となっている。 「ああああああああ!! ひいいいあああああああっっ!! くふっ!! いぎいっ! あがが……ぎぃ!!」  口を通して、身体の中から侵食されているような、全身をぐちゃぐちゃにかき回されるような感覚に襲われる由香里。  胸の中や下腹部、手の先や足先、頭の中。根をはられているような舐め回されているような、弄ばれる状態。  しかしそれでも、痛くも無く不快にも感じず、ただとにかく気持ちよくて仕方ない。目を大きく見開き全身をがくがくと震わせ、由香里は悲鳴にも近い嬌声を上げた。  その一方、現実世界の身体は、背中を仰け反らせるほどの挙動でびくびくと震え、石造のように動かない千里の身体に押さえつけられたまま、口からは人工唾液を、女性器ユニットからは人工愛液を噴き出しては垂れ流していた。 「ぎっ! ひぎっ! ひいっ! ああっ! ああっ……あっ……は……ぁ……」  体内を侵しつくされた後、千里はずるずると体内から伸ばされた舌を引き戻し、エフェクトのように付加された唾液を纏わせながら元に戻した。  内側から襲い来る快楽信号から解放された由香里は、途切れ途切れの声しか出せず、小さく不規則に痙攣している。 「人にやるのは初めてだけど、どう、気持ちよかった」 「あ……え……ひっ……ひ……もひ……いいい……」  舌の動作が関係ないのに、うまく声が出せないほどに人格データを解された由香里。  人間から改造したロボットが快楽漬けになるとこんなことになるのかと思いながら、千里は互いの表面を擦らせるようにずれながら立ち上がる。  びくびくと震えるその姿は、見る者が見ればとても扇情的に写る姿をしており、それとは対照的に、口や女性器からは液体が出ているような様子は全く見られなかった。 「このあたりも調整してあげなきゃね……さて、そろそろフィニッシュにしよっか」  そう一言告げると、千里は電脳空間からふっと姿を消した。  もっと快楽が欲しかったのに一人取り残されてしまった由香里は、快感に痺れて動けない手を伸ばして消えた機械の女性を求めた。 「ま……っ……てぇ……もっと、もっとぉ…………」  電脳空間から姿を消した千里は、一人現実世界の身体へと戻っていた。  溢れる人工唾液に濡れた口と、密着させた身体を離して立ち上がる。  未だ規則的に仰け反り跳ね上がる由香里の身体。口と女性器ユニットからは弁が外れたように粘性の液体が漏れ続け、ベッドの下に水溜りが出来るほどに溢れていた。  その影響か、千里の口と女性器ユニットにも、大部分が由香里の物である液が付着している。 「こんなに気持ちよく感じてくれるなんて、私も嬉しい。最後に、もっと気持ちよくしてあげるから」  僅かに不純な感情が混じっているような嬉々とした笑みを浮かべ、再び身体に覆いかぶさる。  そして後頭部に手を当てつつ、遠隔操作から女性器ユニットを取り外し、内側の肉筒のようになっている部分をもう一方の手で握った。 「これだって、ロボットにしか味わえない気持ちよさだから」  両胸の乳首を擦り合わせながら、由香里の電子頭脳を優しく握りつつ、女性器ユニットの内側を強めに握った。  その行為に連動し、全身をがくんと大きく震わせた後に小刻みに震え始める。 「あひいいいい゛い゛い!!? ななnなにがgががががぁぁあああ!?」  電脳空間に一人取り残された由香里に、突然激しい快楽信号がどこからともなく迸ってきた。  触られたわけでもなく、自分で何かしているわけでもない。一人横になったまま、身体を捩じらせて激しく喘ぎ声を上げる。 「ひぐっ! いひぃっ! ひゃいっ!! ああああああああっ!!」  間隔を置いて襲い掛かる快感と、消えず途切れず与えられ続けられているような快感。  どこからともなく湧き上がるそれに弄ばれ続け、由香里の人格が感じる快楽は、間もなくピークに達しようとしていた。  その様子は、現実の身体にも現れている。  電子頭脳を優しく撫でながら、時に一部分をコツンと突いては刺激を与える。金属音から僅かに遅れて、由香里の身体はビクっと震える。  乳房からは、乳液の代わりとして一時的に補充された人工愛液がとろとろと流れ始めた。  女性器ユニットから一旦手を離し、割れ目へと指を滑らせる。人工愛液が溢れ濡れた表面は、あっさりとその指を受け入れ、くちゅくちゅと淫猥な音を立てて前後におもちゃのように揺れ動く。  どくんと愛液が溢れては、ひくひくと無機の肉がいやらしく動き、人間でないにも関わらず人のそれのような動作をするというその倒錯的な姿が、情欲をさらに掻き立てた。 「あはっ……なんだかもっと当てられてきた……でも、今日は私は与えるだけ。私の楽しみは後で……」  どこか惜しそうな表情で、壊れかけの機械人形のような動作をする姿を見つめる千里。  これからも一緒に、人間的な交流も機械的な触れ合いもしてみたいと思いながら、ボディの動作を継続させつつ電脳世界への再び戻っていった。 「あああっ! ああああついいいい? 頭があががああああ……あんっあんっ…………ああっ!」  戻ってきた千里の視界に写ったのは、全身を仰け反らせたり左右に転がったりしながら激しい嬌声を上げ、乳首や女性器を弄ったりと、自分から人間的快楽を求める由香里の姿だった。 「あんっ……ああっ……千里……さ……ん……あああっ!」 「一人にしてごめんね。お詫びに、もっと気持ちよくしてあげるから」  謝罪と共に、再び由香里の上へ覆いかぶさる。今にも涙を流しそうな顔に優しく触れ、再度熱いキスと共に肌を通じ合わせた。  これまでの快感に、千里からもたらされる肉体的な情欲が合わさり、積みあがった快楽は一気にピークに達しようとしていた。 「あああアああaあっ! あんっあんっあっ……ああああああ!!」 「んん……む……ぅ……どう、きもちいい?」 「あああっ! んあああっ! きもちちちいいいですうう!! おおおおかしくしなりそうううう!!」 「んう……ちゅ…………」 「あっあっあっあっ、あああああっ!! いいいく!! いくううううううう!!」  簡素で無機質な電脳空間内に響く、由香里の初めての電子的な絶頂。それは言葉通り、人間では決して感じられないほどの、人間であれば一度で廃人になってしまそうな程の快感であった。  それを間近ではっきりと認識した千里は、びくつく唇をそっと離し、ぐったりと力の抜けた姿の由香里を見下ろす。 「どう、気持ちよかった?」 「は、はひ…………しゅご……く……きもち……い…………」  理性をどろどろに溶かされたような返事しかできなくなってしまっている由香里。だらしなく舌を出しながら、目の前にはっきりと写る千里の姿を愛おしく見つめる。 「よかった。そういってもらえてとっても嬉しい。じゃあ、すぐ戻してあげるからね」  淫欲に溺れとても楽しんだ様子の由香里を見て、千里はそっと頬に手を触れながら、再び電脳空間から姿を消した。  そして現実世界。既に弄るのをやめ、停止したように動かなかった千里の身体。  一方の由香里の身体は、とろりと人工の液体を各所から垂らしながら、一定の間隔で全身を無表情のままびくんと震わせていた。  千里は口にした通り、電脳世界にいる由香里を元の身体へと戻す。すると、ずっとラブドールのようだった顔に生気が戻り始め、目に光が宿り始める。  表情が戻り、顔に柔らかさが戻り始めたと同時に、由香里は再び嬌声を上げながら全身を震わせた。 「ああっ! あっ……あっ……ああっ……ん…………」 「ちょっとの間は、新しい身体に戸惑ったりうまいこと動かせなかったりすると思うけど、その時は私が手伝ってあげるから」  ぐったりと微弱に震える由香里の頬をそっと触りながら、横に寄り添う千里。  いっぱいいっぱいで処理できず、頭がうまく働かない由香里は、未知でいっぱいの今の状態で、改造した張本人からそのような言葉がもらえるのが少しだけ嬉しく、安心できた。 「これからもよろしくね、由香里ちゃん」 「あっ、ん……はい……よろしく……おねがい……します……」 * * *  改造されてロボットとなってから数日後、由香里は自宅にて、いつも通りのイラスト執筆の日々を送っていた。  しかしその様子は今までと違い、筆は速まり、途中で何かしらの補給も無く、ただひたすらに自分の思いついた絵を描くことに集中できるようになっていた。  由香里の服の下からは、コンセントまで伸びるコードが姿を現しており、机に向かいながら常に充電を行っている。 「うわすっごいほんとすっごいこの身体! ガンガン描ける! 最高!!」  人間時代に感じていた倦怠感や、気分に大きく影響する体調不良も全く感じられず、まさしく描く機械になったようにどんどん作業を進められることにはしゃぐ由香里。  思いついたアイデアも脳内のフォルダに保存し、他の端末へとデータとして移動できる。とにかく便利としか言いようが無い今の身体に、由香里はただひたすらに感謝していた。 「おっ、千里さんからだ」  作業の途中、電子頭脳に改めてインストールした通話チャットアプリに千里からの呼び出しがかかる。  由香里は、作業の手を休めずにその通話に応対する。 「どう由香里、どこか身体に異常は無い?」

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