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 現代から少しだけ離れている未来の時代。  各種様々な学問の研究が加速度的に進み、より人類の発展が進められている頃。  テクノロジーは往々にして沢山の人々の知識やアイデア、発想が結集し、それをまとめ合わせることで進んでいくのが定石。  しかし、時にはたった一人の枠外の研究によって予想外の加速度的な発展を遂げ、一国の一強になり得る場合も生じることもある。  その一人は、他国にとっては確実に脅威となる。敵対している国であればそれは尚更。人類全体の発展を阻害してでも、その人物を殺害するという選択肢も当然の如く浮上するのである。  これは、ある国にてひたすら研究を続ける一人の男が、己の発明したテクノロジーによって、自身を狙う者を自分だけの玩具にし日常を良化させていく話である。 * * *     とある雄大な大陸を有する、IT、軍事、経済、様々な面で世界を牽引するとある国。  無数のビルが建ち並ぶ、発展した都市部から程近い、そこそこの規模を持つある町の一角。そこに建つ、見た目にはどこからどう見ても全く大きくない、下手すればガレージと比べられそうな大きさのコテージ風の家に住む男が一人いた。 「まったく……いちいち催促してきやがるんだから。こちとらボランティアで提供してやってるだけだってのに」  彼の名前はバーナード=ウィリアムズ。どこの機関にも属していない、個人の研究者である。  彼が研究している内容は多岐にわたり、人体系から機械系、科学や医療など、度合いこそそれぞれに大きな差はあるが、まるで知識の海とも言える程の情報が一つの脳内に詰め込まれていた。  彼が最も得意とするのは、人体と機械。彼は今までに、大量の研究結果を発表し、それらの内容をほぼ全て国が買い取り、さらなる医療技術、軍事技術の発展に多大なる影響をもたらしていた。  そんなバーナードが住む家である小さめのコテージ風の家屋。そこは本体ではなく、ただ外の景色を見たり、空気を浴びたりするためだけの別荘のような場所だった。  彼は今、そんな小さなスペースに設置した椅子に座り、やや愚痴りながら開いた窓から入る風を浴びつつコーヒーを嗜んでいる。  室内には椅子と小さなスペース、それから地下室に繋がる階段があるのみ。殺風景どころではない部屋でコーヒーを飲み干すと、バーナードは勢いよく立ち上がり、そそくさと地下への階段を降りていった。 「さて、研究を続けるか」  そして、その先にある扉の向こうに広がっていたのは、地上に建つ家の何十倍も広いスペースを確保した、無数の実験道具や資料などが散乱している上に、非常に生活感も溢れている巨大な研究室だった。  彼の自宅の構造は非常に特殊で、全ての機能が地下に備わっている。  各種機材や資料、シャワーやコンロなどの生活スペース、ベッドなど。さらにはこれ以外にもアリの巣のように張り巡らされている数々の部屋など、まるでそこは秘密基地のような構造をしていた。  彼はそこで、とある研究をひたすらに追求し続けていた。 「今のところ、俺のところに入ってくるのは成功例ばかりだからな……正しかったのは間違いないが、もう少し詰められるような気がするな。内部骨格の調節か、電子頭脳の調整かあるいは……」  それは、人間の完全機械化技術である。  バーナードは世界で初めて、人間を完全に機械化させることに成功。脳髄の一部を残したりなど、ほんの一部だけ生身を残すなどという抜け道ではなく、純粋な樹脂と金属のみの身体へ移し替えることを可能とした。  それにより、国軍の戦力は新たな段階へと入るようになり、実戦投入すらも進めるようになったのである。  まさに彼は、人間という種に革命をもたらす特異的な存在と言われても過言ではなかったのだった。  それでも表には出ず、ひたすら自分の知的探究心と興味、そして性癖を追い求めて黙々と一人で地下に籠もり研究を進める。  外に出るのは、デリバリーで頼んだ荷物を受け取る時くらい。誰ともつるまず、軍に技術提供はある程度していてもあくまで明確な協力関係は築かない。全ては自分の興味と趣味のため。彼はそんな人物だった。 「もう少し研究材料があればいいんだがなあ…………」  そんなバーナードだが、当然彼の存在自体を疎ましく思う者もいる。  特に、彼の住む国がテクノロジー面でも戦力面でもさらなる強化が施されるのは、敵対的な国からすれば非常に不愉快で悩ましいものである。  故に、バーナードは度々命を狙われる。巨大な地下室に家を構えているのも、それがひとつの理由だった。  そして、彼の命を新たに狙う人物が、この国の中へと新たにやってきていた。 「ターゲットが住んでいるのはこの町か。都市に比べるとそこまで発展はしていないようだが…………確かに見つけにくいかもしれんな」  彼女の名前はオリヴィア=ミラー。とある遠く離れた国の出身であり、同時にその国内を中心に依頼を受けている殺し屋の女性である。  額を左右に晒しつつも右側の前髪に巻きが入っている、美しいミディアムロングのブロンドヘアー。  顔立ちは全体的に非常にシャープかつ、引き込まれそうな美しい蒼色の瞳が、鋭い目つきと共にその魅力を引き立てる。  鼻筋や輪郭もスッキリしており、まさしく大人の女性という雰囲気が漂っていた。  それでいて高身長であり、鍛えられ引き締まった細さでありながらも両乳房は、彼女が今身につけている肌の露出が少ない黒服からハッキリと主張するほどに大きく、前方に突き出しているくらいハリ艶に満たされている。  くびれやボディラインも美しい理想的な線を描いており、尻や太もものメリハリが、背の高さと全体のバランスにさらなる美麗さを担保していた。  まさしく彼女は、美の女神が具現化したかのような類まれなる容姿を抱いていた。  「これまで数々の者が挑んでいるとは言うが、例外なく音信不通。その後もバーナードの生存は確認されている……とはいうが、どこにも納得できる要素は見当たらんな」  オリヴィアは、これまでの殺しの中で最も高い報酬金を元に、祖国のとある人物からバーナード殺害の依頼を受けた。  噂こそ耳にはしていたが、実際に現地に来てみると、無数の殺し屋が依頼を達成できず行方を晦ましたという事象に対して懐疑的にならざるを得なかった。  殺害の実行を困難にするような巨大な建物は見えず、厳重な護衛がいるという様子も見られない。  バーナードの自宅として指し示されている場所には、ポツンと小さい、果たしてそれだけで生活できるのかと思えるような家が建っているだけ。  さらには町全体で彼の存在を囃し立てている様子もない。ただのいち住人として扱っているようだ。  治安は周囲を見る限りそこそこの良さという雰囲気だが、殺しを阻害するような要素は殆どない。  そうなれば、何か大きな見落としか秘密があるはず。そんなことを考えている最中、彼女は通りすがりの車両から降りてきた二人の男達に声をかけられた。      「ようそこのスタナー! ちょっと俺達と一緒に来ない?」 「この辺りは初めてって顔してるよな? 良いとこ紹介してやっからさ」      いかにも力を誇示する為に見せていますと言うような、筋肉の発達したタトゥー入りの腕を晒し、軽薄な態度で近づいてくる男達。  彼らの目つきや態度からも、親切な道案内などではなく、ただ肉体目的だという雰囲気がありありと溢れていた。 「ああそうだな。ならば言葉に甘えさせてもらおう。だが、少し服を直したいからそこで待っていてくれ」 「え、服直しなら俺らも手伝うよ。そんな爆弾持ってたら一人ですんの大変っしょ?」 「よーくわかってるって感じじゃねえか。俺らにも手伝わせてくれよな」  人の話を聞かない様を恥ずかしげもなく晒しているが、オリヴィアは何も言わずまるで目つきと口元だけでそれを了承するような形を作り出し、男二人と共に物陰に向かった。  男達は白昼堂々、世間知らずの美女を思いっきり犯せると思い込んでいた。  だが間もなく、聞こえてきたのは彼らの一瞬の断末魔だった。 「コンディションに問題はないな。後はどうするか……」  男達は首を折られ、声が出ないように小さなナイフで首を突かれた上で、念入りに心臓も一突きされ、乾いた地面の上に力無く転がっていた。  彼らの服でナイフに着いた血を押し付けるように拭き取り、何事もなかったかのように標的であるバーナードの自宅を目指す。 「…………家屋に人の気配はない。だが留守という訳でもなさそうだな」   国に多大なる貢献をもたらしているという人物だが、分かっているのは容姿と自宅の場所のみという異様さは、オリヴィアにとっても掴みきれない何かがある。  だが、直接足を踏み入れては、科学者故に何が待ち受けているかもわからない。どのように手を付けるかと思案していたその時、ちょうどバーナードの自宅目指して向かう、一人の男性の姿を見かけた。 「あれを使うか」  男性は、ネット通販会社の最大手の名前が刻まれた制服を身に着けた配達員であり、そのサービスのロゴが入ったダンボールを抱えている。  行き先は間違いなくバーナードの家。オリヴィアはこれを利用しない手はないと、音も立てず男性の背後に近づいた。 「なっ、何しやが……うっ」  いきなり腕と首を拘束された男性は即座に抵抗しようとしたが、流れ作業のような手付きで顎と頭を打ち、薬品を嗅がせて確実に昏睡させ、男二人の死骸がある方とは別の物陰に移動。  制服を全て剥ぎ取り、帽子も深々と被って配達員を装った。      服のサイズは少々大きめなものの、両乳の膨らみが隠せない程に突き出ている。  オリヴィアは、制服内に元々所持していた武器を仕込み、これで接近する準備はできたと、まるでもぬけの殻のような家に向かい、インターホンのボタンを押した。 「………………」  だが、誰かが出る気配もなく、家の中から足音も聞こえてこない。  オリヴィアはその間に周囲を見渡し、敷地内の情報を頭の中に入れつつ何か怪しい物は無いかと観察する。  外観や、小さな庭部分には特筆すべき部分は見当たらない。これでも国に多大な影響をもたらしている人物の自宅なのかと思える程に。 「すみません、バーナードさん。配達です」  オリヴィアは全くリアクションが無いことから、一度配達員を装った言葉でもう一度ベルを鳴らす。  すると、一瞬スピーカーの奥から溜め息らしき音が聞こえた後、扉の向こうからドアが開くような音が聞こえた。  一般人ならばまず聞こえないか聞き流す程度の大きさだが、聴覚を研ぎ澄ませている彼女にはしっかり聞こえていた。 「…………一体なんだ」 「どうも、バーナードさん。荷物の注文してましたよね?」  ドアの向こうから出てきたのは、資料で見た通りの姿ながらも、非常に気怠そうで目つきの悪い男性の姿だった。 「置き配に指定してたはずなんだがな……」 「そうなんですか? こちらでは配送指示には何も指定が無かったのでそのまま持ってきましたが」 「チッ、また不具合か……指定の反映くらいちゃんとしろっての」  露骨に悪態をつきながらも、配達人からの荷物自体は優しく扱いダンボールを受け取る。  やり取りの間に、ドアから見える室内を観察すると、扉の先にはすぐに地下室へと繋がる階段が現れるという奇妙なレイアウトであることが伺えた。  室内が玄関からでもわかる程、明らかに広くないことから、おそらくドアの開く音は階段の下から聞こえたのだろうと察した。 「………………」 「どうしましたか?」 「……いや別に、ありがとう」  数秒程度の沈黙の後、バーナードは無警戒に背中を向けて家の中へ戻っていった。  オリヴィアは、ドアを閉じるのに自分の手を使わず自然に閉まるよう放置しているのを見て、その無用心さを心の中で笑いながら、チャンスとばかりにその背後を音を立てずに追跡し、難なく家の中は入っていった。 (こんな隙だらけの男に何人も同業がやられたのか? どれだけ油断してたんだ。だが、ここまで接近すれば)  小さな家の中にも何かが仕掛けられているというような雰囲気はない。しかし殆ど何もない様子はどこか不気味さすらある。  だが、もうそんなこともどうでもいい。扉に手をかけた瞬間に背中を一発突き刺し息の根を止める。  既にバーナードには逃げ場がないも同然。左右のスペースの余裕もたいして無く、自ら彼は袋小路に入った。  地下室のドアに手が届くまであと三歩程度。もらった。と脳内で成功を確信したオリヴィアは、背中めがけてナイフを最小限の動きと可能な限りの速度で突いた。  しかしその時、バーナードは突然前に傾くように走り出し、ドアノブに手をかけながら押し戸の扉を開きつつ、勢いのままに部屋へ入り込んでいった。 「なっ……」  偶然なのかそれとも反応したのか。最初はわからなかったが、バーナードは一瞬だけオリヴィアの方を向き、まるで読んでいたとばかりに笑った。  だが、彼が追い詰められている側なのは変わりないはず。確実に身体能力も自分の方が上だと、オリヴィアは人間の身長程度の距離にいる標的を逃す理由などないと追いかけた。  バーナード側も当然逃げる。上の家に比べて広々としていながら足元に大量にモノが転がっている床の上を、何があるか把握している彼はスムーズに移動し、一方で予想以上に広大な室内と予想外の汚れようにたじろぎながらも、持ち前の身体能力と観察眼で足を置けるところを瞬時に判断し追跡した。  「まぐれで避けたのかもしれんが、あたしから逃げられるとでも」 「ただ逃げてると思ってるなら、お前も大したことないな」  間一髪で逃げ続けて間もなく、バーナードが何事もなく通り抜けた場所を同じく通ろうとしたその時、彼は携帯端末をタップした。  直後、天井から穴が開き、粘性の非常に強いスライムのような液体が彼女の真上から落下した。 「なあっ!?」  オリヴィアは逃げる間すらも与えられず頭からそれを被り、全身に浴びせられた。  液体は肌や制服に張り付き、四肢の動きすらまともにできない程に雁字搦めに絡みついた。 「な、なんだ……これは……!」 「以前から何度も何度もしつこく襲われてるからなあ。こういう風に対殺し屋や諜報員用のトラップや武器を作っては仕掛けてるんだよ」          バーナードがアリの巣のような地下室を作っているのも、まともに外に出ないようにしているのも、全ては彼女のような襲撃者を完全にシャットアウトするためだった。  床にモノが散乱しているのは、彼のものぐさっぷりのせいだが、今はそれを逆に利用し、足場を悪くして初見の相手には足を封じられるようにしている。  そして、自らが開発した数々のトラップを用いて返り討ちにする。そうして彼は、これまで襲撃してきた数々の殺し屋を、蟻地獄の中へ落としてきたのであった。 「ぐっ……動け……ない……! 貴様まさか、これまでも……」 「まあそういうこと。こっちだって殺されるわけにはいかないからな。ナイフ投げればよかったと思ってるかもしれないけど、しっかりここに映ってるカメラから後ろのことは把握してるし、そしたらそれで別のトラップも発動してたからな」  全てお見通しとばかりに、もう逃がす気のない殺し屋へ種明かしをするバーナード。  粘液に絡みつかれ、睨みつけながらなんとか抜け出そうともがくオリヴィアの姿を見ているうちに、彼はあることを思いついた。 「…………そうだ、ちょうどそろそろ俺の道具となる機体が欲しかったんだ。調整箇所の確認にも使えるし、これは良い巡り合わせだな」     「っ! どういう意味だそれは、うっ!」  思い立ったら即実行とばかりに、バーナードは近くにちょうど置いてあった麻酔ガスを彼女の顔へと吹きかけた。  両手で防ごうとするも、粘液がそれを邪魔してモロにくらってしまった。 「貴様…………なに……を……する気…………だ………………」        オリヴィアはずっと抵抗の視線を送り続けるが、それも長くは続かず、徐々に意識が朦朧とし始める。  その間にバーナードは何かの準備に入っていくが、それを全て目に入れることすら叶わず、彼女の意識はそのまま闇の中へと落ちてしまった。 「改造した奴ら全部向こうに提供しちゃってたし、自前で手元に置いておくってこともしていなかったな。いい機会だし、この際俺の為に動く機体をこいつで作るか」  彼は今、一人で全てのことを行っており、助手も一人として起用していない。  その方が楽というのが一番大きな理由であるが、それ以外にもスパイを送られるリスクの低減や、そもそも助手としての働き以外で動いてもらうことになってしまうから申し訳無さが出るなど、複数の理由が混ざり合っていた。  だが、それらを解決する方法をたった今思いついた。それどころか、なぜそれを思いつかなかったのかとむしろ、固くなっていた自分の頭に対して自戒した。    バーナードは、完全にオリヴィアの意識が落ちていることを確認すると、粘液がついたまま彼女を台車に乗せて、別の部屋へと移動させていった。  オリヴィアは、これから自分の身に何が起こるか知ることもできないまま、荷物のように運ばれていくのであった。   * * *  オリヴィアがバーナードを襲撃してから二日後。  地下には外の光が差し込まず、時計が9:25を指していなければ一体どれくらいの時間なのかもわからない。  そんな空間の中で、オリヴィアはずっと彼によって昏睡状態をコントロールされながら、ようやく目覚めることを許可され、目を覚ました。 「…………ぅ……うう……ここは…………はっ! そうだ、あたしは……ぐっ! これは……拘束されているのか」  意識を取り戻してすぐ、彼女は標的の家の地下空間にいたことが最後の記憶だったことを思い出した。  今がいつなのかもわからないが、ともかく現状を把握しなければならない。そう思いながら手足を動かそうとしたが、自身の手足はいつの間にか座らされていた椅子に拘束されており、全く動くことができなかった。  徐々に感覚以外も意識がハッキリし始め、状況がより認識できるようになってきたが、オリヴィアは自身が身につけている衣服が、剥ぎ取った制服どころか下着まで含めて全て脱がされていることに気づいた。  ハリのある乳房が、程よい色合いをしたピンク色の乳首と共に露出させられ、慣れたことではあっても赤面せざるを得なかった。 「な、なんだ……これは……あたしが裸に……!」  全裸姿で拘束され、何かをしようとしていることだけは察せられるオリヴィア。  と同時に、後頭部に何かスースーするような、風通しが良くなったような感覚を覚えるが、今はまだそちらへ意識を向ける余裕は無かった。 「ちゃんと目を覚ましたな。殺し屋ってのはいつも頑丈で助かるわ」  背後から聞こえてきたのは、先程刃が届きそうでどうにもならなかったバーナードその人だった。  耳の方もハッキリとしてくると、周囲で機械の動作音が絶え間なく唸りを上げていることも認識した。 「貴様、一体何をするつもりだ。あたしを辱めても、何もお前の得にはならないぞ」 「あんたみたいな美人を辱める時点でひとつの得ではあるだろ。まあ最初の目的はそっちじゃねえんだが……あんたはなんで、今まで俺を狙ってきた殺し屋が音信不通になると思う?」           ここまで来れば、自分のようにこれまでの殺し屋や諜報員に対して、捕獲した後で何かしら手を出しているんだろうという見当はついている。  だが、その内容まではわからない。といったところで、オリヴィアは自身の思考に何か違和感が生じていることに気づいた。 「あ、あた、しは……あ、れ? い、一体、き、貴様、にさ、何をし、て…………」 「今、お前の脳にちょっとした加工を施してるんだよ。まずはお前の脳内情報を全部電子データにして抽出しないといけないからな。今までの奴もこうやってテストさせてもらった。それで上手くいったからな」  脳内がまるでスッキリしているのかモヤモヤしているのかわからない、混沌とした感覚を覚えているオリヴィア。  思考はしっかりできるのに、引き出そうとするものと思考の結果にモヤがかかっているような、掻き乱されたような感覚。  次第に彼女の口が開き、目の開きが大きくなっていく。 「の、脳……情報を……抽出…………? 今までの……他の……殺し屋も……」 「まあ、画像でも見りゃわかるか」  そう言った直後、後方でシャッター音が鳴る。  そして、彼が持っている携帯端末の画面が差し出されると、そこに写っていたのは、後頭部が頭蓋骨まで切り開かれ、生きた脳が空気にさらされている上に、そこにいくつかの電極とチップが埋め込まれている姿だった。            「な、何を、し……して……やめ、やめろあたしの、頭の中を、何をし……しようとし……て……」  覚束ない喋りでなんとか反抗しようとするも、拘束されている以上どうにもすることができない。  だんだん手脚にも力が入らなくなり、まともな抵抗もできなくなってきたところで、バーナードは少々青みがかった黒に近い液体の入ったタンクが備わった台を運び、そこから出たチューブが繋がった注射針を両腕に挿し込んだ。 「やめ……ろ……あたしに……な……何をい……入れ……入れようと、して……」 「人工血液だよ。まあ変換の時にしか使わない代物だが。こいつに入ってるある液体金属が、タンパク質とくっつく性質を見つけてな。そこに電気を通すと一体化して金属化することがわかった。そこから突き詰めて研究すると、脳内情報を全部電子データ化できることがわかったわけだ。相当大雑把な説明だがな。いずれにせよこれからのお前には関係ない話だし」  人工血液が脳に浸透していくのを待っている間に、バーナードはさらに接続端子がついた電子部品を生体脳にくっつけていく。  オリヴィアはようやく大人しくなったが、彼女のこれまでの凛とした雰囲気から一転して、目が遠くを向いて口が開きっぱなしになり、まるで魂が抜けかけているような有様になっていた。  「そろそろ良さそうだな」  これまで集めたデータから導き出された、最も良い浸潤のタイミングをしっかりと測ったバーナード。  生体脳変換の仕上げだと、彼はすぐ側に設置してあった機材から電極を伸ばし、埋め込んだ電子部品の一つに接続。高圧電流を流す準備を整えた。 「あ……や……やめろ……やめ…………あたしの……あ……やめろ…………これ以上……あたしの…………頭の中を…………」  まともに言葉を紡ぎ出すこともできず、ただただ拒絶の言葉を発することしかできない。  オリヴィアは恐怖ではなく、とにかく抵抗の意思を強く示し続けるが、それもただの無意味な反抗でしかなくなっていた。  そして、必死に絞り出すような声も虚しく、バーナードは容赦なく彼女の生体脳へ電流を流し始めた。 「あ、あ、あああぁぁぁあああぁあぁぁ」  直後、拘束された手足と全身がガタガタと激しい痙攣を起こし始め、まるで悲鳴のようだがうめき声の方が近く感じる声を漏らし、白目を剥いた。  バーナードは慣れた様子で彼女の脳の状態をじっくりと確認し続ける。すると、徐々に生体脳はピンク色のそれから銀色の物体へと変化し、まさしく彼が言った通り生身の中枢部は金属の塊へと生まれ変わっていったのだった。  そして、中心部まで全て金属へと変換されると、オリヴィアのうめき声が徐々にフェードアウトするように小さくなり、とうとう静まり返った。  ぴくっ、ぴくっ、と不規則に震え、それまで何度も力が入っていた四肢は完全に弛緩し、ぐったりと動かなくなってしまった。 「よーし、次はっと」  バーナードは、まるでルーティンの如く生身の身体と金属脳との繋がりを絶ち、頭の中からそれを取り出した。  埋め込んだ電子部品と共に金属へ生まれ変わったことで、それはまるで機械の一部のようにしか見えなかった。  これを以て、オリヴィアの身体は完全に抜け殻と化し、ただの肉人形となったのだった。  生まれてから現在までの全ての情報が電子データへと置き換わり、身体と離れ離れになったオリヴィアの金属脳。  バーナードはそれを持って、近くに設置されている端末機器の側まで移動し、そこから伸びるケーブルを、埋め込み増設した接続端子へと繋いだ。  画面の中にはオリヴィアの中身となるファイルが無数に表示される。それらを他の電子機器でも使用可能にするための最適化が自動で開始された。  金属脳は一旦そこで放置し、バーナードは抜け殻となった身体を乗せた椅子に施した拘束を解き、今度はその身体をキャリーラックの麻袋の中へと放り込む。  彼はそれを自ら押し運び、別のフロアへと移動し始めた。  移動中、彼は、かつてオリヴィアだった肉人形の胸を揉みしだいたり、冷たくなった頬や唇に触れて軽く楽しむ。  つい先程まで殺しを実行しようとし、強気の態度を崩さなかった彼女の姿はもうどこにもなかった。  それから彼が向かったのは、無数の培養槽が設置されている、縦にも横にも広くスペースが取られている部屋だった。  槽の殆どは未だ中身が空だが、一部は稼働しており、中には培養液が充填されている。  その中には、今のオリヴィアの身体と同様に、これまで同じように脳を取り出された女性の殺し屋や諜報員の身体が、液の中でぷかぷかと浮かんでいた。  バーナードは、いずれ彼女達の身体を使用する時が来ると予想し、このように常に最新の状態を保ち、腐らせないように努めていた。  オリヴィアだったものの身体も、その仲間の一つになる。バーナードはキャリーラックの中から彼女の身体をなんとか力を入れて持ち上げ、周囲を無数の機器が取り囲む台の上に乗せた。 「ふう……こういう力仕事やってもらう為にも一体くらい用意しても良かったんだな……なんで今更なんだ気づくの……つっても、脳はバックアップ取る前に全部国の方に明け渡しちゃったしな。まあ仕方ないか」  ちょっとした愚痴をこぼしながら、バーナードは台と繋がった機器のスイッチを入れる。  すると、オリヴィアだったものの身体はまるでベルトコンベアで動かされる物品のように運ばれながら、口内や女性器、アナルなど、各種部位にホースが繋げられた。  これからその女体は、培養槽へ入れる下準備として全身と内臓部をくまなく洗浄され、清潔になったところで放り込まれていく。  その後は、いずれ使用する時まで培養液の中で保存され、腐ることも劣化することもなく魂無きまま漂い続けることとなる。  それらの作業全てが既に自動化されていることで、今ここで彼が手を出すことはもうなくなった。  彼は気怠げにしながらもひとまず培養槽室から離れ、今度はまた別のフロアへと移動した。  彼が次に向かったそこは、まるで地下とは思えない規模を持つ、工場のようなエリアだった。   「ようやく組み立てか。もう少し早くできればいいがなぁ……まあいいか」  彼が向かった先にあったのは、事前に今日の朝頃には全てあらかじめ製造されていた、まるで組立前のアンドロイドのような無数のパーツの数々。  顔面部分がフェイスパネルの接続部になっている、下顎や舌、視覚の役割を果たすであろう機構などの中身が正面から見える、少々顔面が陥没しているような金属の頭蓋骨や、黒に近い鈍色の四肢、着脱可能な柔軟さも有している脊柱のような中心部に、まだバッテリーなどの各種重要パーツが組み込まれていない上半身など、人間の形を組み上げるのに必要となるモノが大量に並べられている。  これらは、生身の彼女の体型を再現するように製造されたパーツとなっている。  オリヴィアを確保してから脳に手を付けるまでの間、彼は全身の体型や顔の造形、髪型や皮膚の色、瞳の色、さらには女性器や子宮の形状まで、ありとあらゆる部分の形をスキャンしていた。  それを元に、特殊樹脂性の人工皮膚と金属骨格、眼球ユニットや人工毛髪、女性器ユニットが次々と工場内で製造され、いつでも組み立てられる状態を整えていた。  これまでの状況からもある通り、バーナードが地下にこのようなアリの巣構造の地下空間を作り出したのは、全て自前で用意できるようにするためだった。  以前は別の施設で作ってもらっていたが、全て自分の行動範囲内で作れれば自由にペースをコントロールできる上、基本的に何も表に出ることはない。  故に、実験材料となった殺し屋や諜報員の情報が出ることもなかったのだった。  バーナードは、事前に製造したパーツをキャリーラックの中に入れ、先程彼女に手を加えた手術室の方へと移動した。 「こういう作業も多少は楽になるかな。あいつにやらせればいいし」  彼が手術室に戻ってくると、金属脳内にあるオリヴィアという存在を構成するデータの最適化が無事完了していた。  これで彼女の情報は正式に電子データとして完成し、いくらでもコピーや編集、改竄が可能となる。  人格も記憶も、人生の中で培われてきたもの全てが、改変可能な代物へと変わってしまった。 「なるほど、こいつの名前はオリヴィア=ミラーか。普段は別の名前を使っているが……なるほどな」  恋人や親族でも無ければ知られたくないようなプロフィールを覗かれ、彼女の名前を頭に入れたあと、バーナードは先程使用した椅子を退かして手術台を部屋の中央に固定する。  運び出したパーツを一つずつその上に並べていき、一旦の全てのパーツが揃っているかの確認を行った。  まだ繋がってはいないものの、台の上にはまさしく人型アンドロイドの中身である、黒く輝く骸骨の姿が生まれていた。  人工皮膚が被せられていない今、まだそこに肌の色は一切無く、胸部に使用されるポンプ式の胸部タンクや、唾液や愛液代わりになる人工体液を補充する体液タンクが、骨格と違う色であるが故に少しだけ目立っている。  胸部タンクの見た目はまるで固そうだが、人間のそれよりも心地よい感触が感じられるように作られており、先端には乳首の役割となるノズルが備わっている。  ノズルには伸縮機能があり、それにピンク色の乳首カバーとなる人工皮膚が被せられることで、乳首が固くなり飛び出す様が再現されていた。  後頭部には、まるでパネルのように開くカバーが備わっております、その中には、これから生まれ変わるオリヴィアの新しい脳となる電子頭脳が収まっていた。  形状は人間の脳の形をある程度模しているが、見た目はまさしく電子部品の塊そのもの。  それが人間の脳の代わりになる物と言われなければ、PC系のパーツだと思われてもおかしくなかった。  バーナードは一通りそれらのパーツを一つ一つ丁寧に接続し、バラバラだったそれを人の形に紡いでいく。  そして、金属骨格と一部パーツの接続が完了すると、一度正常に動作するか確認すべく、首筋にあたる箇所に備わった充電端子にケーブルを接続し、剥き出しの電源ボタンを押し込んだ。 「………………電源ボタンが入力されました。登録番号0000029、登録名 未登録。起動します………………」  各部位から鳴る、生物のそれとは程遠い音を鳴らし、樹脂製の歯茎とセラミック製の歯が埋め込まれた顎を上下に動かしながら、喉元のスピーカーから汎用的な女性タイプの電子音声によるシステムメッセージを発した。       「初回起動の為、セットアップが完了していません。セットアップを開始しますか?」 「いや、まだだ。テストモードを起動して、一旦の手足や首を簡単に動かせ」 「かしこまりました。テストモードを起動します」  バーナードの声に従い、まだ何者でもない機体は、きちんと動作することを確認する為の簡易テストを開始した。  オリヴィアのフェイスパネルが接続されていない凹の部分から細かな機構の音が小さく鳴り、舌がぐるぐると伸びては口内の肉を舐めるように回り、顎関節が上下する。  手指や手首、腕、足指や足首、膝の関節が可動域のままに動き、腹筋運動のように上半身を起き上がらせると、肩を開いては回したりと、それぞれの可動部ごとに自由に動いていく。  全体の動作では0.5倍速になった駄々っ子のようで、それぞれの動きに指向性が全く感じられないところから、まるで過去にネット上にアップロードされた旧型アンドロイドの不自然でまだ稚拙さの残る挙動のようだった。  首を回したり、腰を浮かせたり、台の上から落ちない範囲で自由な動作をしばらく続けた後、機体はいきなり動きを止め、元の仰向けの姿勢に戻った。 「テストモードを終了します。動作に異常はありません」  一通り自由に動いた結果、組み立てそのものは見事成功したことが分かった。  バーナードは電源ボタンを長押しして機体の電源を切ると、即座にラストスパートへと入っていった。   一度頭蓋骨内の電子頭脳を取り出した後、両乳房の先端がきちんと張ることを基準に、全身に着ぐるみを着せるように人工皮膚を被せ、余計な空気や隙間を作らないようにきっちりと位置を合わせていく。  それまで機械人形にしか見えなかった容姿が、皮膚を被せることで一気に人間らしくなり、股間に穴が空き、全身が無毛状態であること以外はまるで成人女性にしか見えなかった。  少しずつオリヴィアらしい容姿が形作られてきたところで、機械化した彼女にとって重要と言える女性器ユニットが握られる。  外性器部分には、割れ目の周囲に同じ人工皮膚があらかじめ貼られており、その奥には生身の彼女の膣内構造や子宮内構造を再現した膣ユニットと子宮ユニットが備わっている。  ピンク色の特殊樹脂で造られたそれには当然妊娠機能など存在せず、いわば生身に近く性玩具の使い心地を兼ね備えたオナホのような再現器官となっている。  それを股間の穴の中へ押し込むと、人工皮膚間の境目はほぼ見えなくなり、まるで最初からそこにあったかのような姿となった。  最後に、既に人工皮膚が貼り付けられ、元々の顔を完全に再現しつつ、本来の美貌をより引き立たせるための微調整を加えたフェイスパネルを顔面部に押し込み接続した。  オリヴィアの顔は目を閉じ口も閉じたままだが、これでようやく人間らしさが大きく取り戻された。   彼の作業はもう少しだけ続く。被せただけではまだ一体化したとは言えないため、一度頭部や背中、股関節部分などに存在する余計な部分を切り取り、境目部分を溶接していく。  そして、重い機体をなんとか頑張って移動させ、同室内に用意しておいた、金属骨格と人工皮膚を固着させる為の溶液が張られた水槽の中へと投入した。  新しいオリヴィアの身体は、脳を失った生身の方とは違い、金属としての重さで水槽の底へと沈んでいく。  人工皮膚が馴染むのを待っている間に、バーナードは取り出した電子頭脳を金属脳の側に置き、両パーツ間にケーブルを接続する。  最適化と共に、端末機器の中にはオリヴィアの全データのバックアップが取られている。  これから彼女は、定期的にバックアップが取得され、いつ壊れてしまっても破損したデータを復旧させることができる。  これまでの人生経験の記憶と形成された人格が全て複製可能なデータとなったオリヴィアの脳内情報。今度はそれを電子頭脳の方へと移動させていく。  その間に今度は、オリヴィアの毛髪、眉毛、睫毛となる各種人工毛を手術台の側に用意し、同時に彼が開発した植毛機も設置した。 「はあ……最初から全部一人でやるとなるとさすがに応えるな。これが完成すれば楽になるはずなんだ……事前に作っといてよかったわほんと」  もっと最初から色々用意しておけばよかったとも思いながら、ずっとこもっているが故に苦労する、自らが課した重労働をなんとかこなしていくバーナード。  彼は試験的に機械化を行った際には、手作業で植毛を行っていた。が、非常に繊細な作業が長時間続くことに耐えかね、自動植毛機を自ら開発したのだった。   「時間か。はあ……ま、ラストスパートだし、しっかりやるか」  セットしていたアラームが鳴り、人工皮膚の固着が完了したことを報せる。  気怠げながらもバーナードは水槽まで歩き、機材を用いて、これからオリヴィアのものとなる身体をすくい上げた。  大きな変化が起きたわけではないが、金属骨格と人工皮膚がしっかりと人体らしくくっついたことで、より人間の身体らしい雰囲気が強くなった。  ボディラインがしっかり浮き出た上で、各部位の違和感も取り除かれ、もはやただスキンヘッドであるだけの女性にしか見えない。  その中で唯一、溶接した人工皮膚に生まれたバリの部分だけは、人造物であるという違和感を残していた。  溶液で濡れたボディを一旦ある程度乾かしてから、台の上へと移動させる。  それからまず、メスを用いてバーナードの手作業で人工皮膚のバリを丁寧に切り取った後、着脱またら開放可能な箇所である後頭部、首、肩、鳩尾、首筋のカバー部分、背中の胸部タンクの補充口、股関節部分に切り込みを入れ、凝視すればようやくわかるかという程度の薄い分割線が入れられた。  その後、植毛機を稼働させ、ボディの頭部や目の部分に、髪の毛、眉毛、睫毛を正確にかつ簡単に抜けないよう頑丈に植え込み始めた。 「………………そういや今の家、パーツ製造自体は自動化出来てるんだったな……なら、一通りの機械化も全部製造ラインみたいに自動化すればいいのか。その方が良さ気だな。あーーなんで気づかなかった。やっぱちょっと休憩入れたほうがいいかこれ」  次々とボディがオリヴィアの姿を形作っていくのを眺めながら、これからの改善案を改めて考え直していくバーナード。  今後もアリの巣状の自宅がさらに拡大していくであろうことを確信しつつ、その計画を練っていた途中で、端末側に電子頭脳へのデータ移行が完了したという通知が届いた。  こうして、オリヴィアのオリジナルの金属脳は、ただの中身のないただのオブジェも同然となった。  ケーブルを外し、手に持って台の場所まで戻ると、すっかりとその頭髪は、オリヴィアのそれの形を取り戻されていた。  人工の美しさによって再現されたブロンドヘアーに、今現在植え込まれている眉毛と睫毛。  植毛機には、事前に彼女の身体をスキャンした際に確認された、それぞれの毛根ひとつひとつの位置が正確にプログラムされている。  一本一本完璧に再現されており、写真と見比べても遜色はないだろう。  そして、下睫毛の最後の一本まで植毛が完了し、オリヴィアの身体が完全に再現されると、最後の工程としてバーナード自らが彼女の上半身を起き上がらせ、後頭部カバーを開放した。  髪の毛を引っ張りながら開けることで、植毛の頑丈さを確認するが、一切問題なく、人間の髪の毛を引っ張っているような感触を得られた。  空っぽの頭の中に電子頭脳を入れ、人間からは鳴り得ない接続音がそこから鳴ったのを耳に入れると、軽く揺らしてきちんと接続できているのか確認し、カバーをしっかりと押し閉じた。 「…………よし! これで完成!! はー長かった……」  こうして、完全な機械へと本人の意志関係なく生まれ変わらせられた、新しいオリヴィア=ミラーが完成した。  元来の妖艶な魅力はより強調され、全身の艶めきは引き上げられている。  まるで生きているような雰囲気は機械ながらも残っており、今にも自然と動き出しそうだが、両乳房の奥からは心臓の鼓動は鳴っていない。        彼女はこれから、彼の操作によって動き始めるのだ。 「設定は完了してる。操作の為のアプリも……これで設定済みと。さーて、ちゃんと動いてくれるかな」  何があっても良いように遠隔操作の為のアプリも確認し、全ての準備が整ったところで、バーナードは首筋カバーの下にある電源ボタンを長押しした。      「………………電源ボタンが入力されました。登録番号0000029、登録名 オリヴィア=ミラー。起動します………………」    フェイスパネルの中に接続された眼球ユニットの瞳の奥から光が灯り、先程のテスト起動時と違い、彼女の人間らしい唇がきちんと音声に合わせて動き出した。  音声は汎用女性ボイスではなく、オリヴィアのデータがインストールされたことで、最適化時に作られた音声ファイルが適用され、襲撃してきた時のそれと変わらない電子音声へと変化した。  登録名も彼女の名前が登録され、名実ともに空っぽだった機械の身体は、正式にオリヴィアのものとなったのだった。 「ファイルチェック中………………システムチェック中………………ロードが完了しました。設定された人格データを参照。人格エミュレートを実行します………………」  個性のないシステムメッセージを天井に向かって喋り、音声の通りに口を動かしている間、彼女の身体は眼球以外小さな動作も起こしていなかった。  そして、人格エミュレートが実行された瞬間、オリヴィアの表情や仕草、細かな挙動に一気に人間らしい柔らかさが宿り始めたが、まるで絶叫でもしているかのような顔へと変わった。 「…………ぁぁぁぁぁあっ!? な……あたしは……あれ……一体、なにがどうなった……確か、さっきいきなり苦しくなって頭の中が掻き乱されるように感じて、それで……」  オリヴィアは、生体脳に直接電流を流されている最中から再開されたような声を出し、すぐにそれが解かれたようにハッとした。  跳ねるように上半身を起き上がらせ、一体何が起きたのか、何があったのかを記憶データから引き出しながら、現状を把握しようとする。  ついさっきまで全裸で椅子に拘束されていたはずだが、今は全裸のまま台の上に寝かせられている。  不思議と思考がクリアになり、身体も普段以上にとても軽い感覚がある。視界も非常に良好で、目に映る全てを正確に認識できている。  全身に生じている、明らかに能力が飛躍的に上昇した変化に対して、オリヴィアは何が起きているのかを演算しようとしたが、それよりも前に彼女は、拘束が解かれたことで無防備な殺害対象に手が届くと思考した。 「…………選択を誤ったな、バーナード。あたしを拘束したのに、みすみす解放するようなことをするとは。余裕だとでも思ったか」  自ら台からスムーズに降り、中身の変わった正面に突きだす乳房を揺らしながら、標的をしっかり見定める。 「あたしに何をしたのか知らないが、今度こそ貴様の息の根を止め」  そして、人間だった頃よりも少し大きな歩幅で接近し、手刀で彼の喉元を貫こうとしたその時、彼女の手は首元で停止し、直前の体勢で時間が止まったように固まった。  電源を入れられた直後のような無表情に変わった直後、再び感情のないシステムメッセージが漏れ出す。 「マスターへの加害行為を確認しました。一時的に人格エミュレートを停止しました」  オリヴィアは事前に、バーナードのことをマスターとして登録されており、彼から与えられる命令や操作は、形はどうあれ無条件に従うように現在設定されている。  従属する機械がマスターに危害を加えるなどありえない。人格エミュレートに従った動作によってマスターへの攻撃が発生した際には、システム側が事前に動作を強制的に停止するようにプログラムされていた。  彼女は今、手を引っ込めてお手本のような直立の姿勢へ戻っている。         「ちゃんと働いてるな。それでこそ俺の為のロボットだ。じゃ、こいつをセットしといて」  バーナードは、すっかりと従属する機械人形となった殺し屋の美女の姿を堪能しつつ、アプリから人格データの反応を管理する数値メニューを引き出し、その状態で人格エミュレートを再開させた。 「命令を受信しました。人格エミュレートを再開します…………どういうことだ。あたしは確かに攻撃したはず……」          彼女の認識では、喉を貫く寸前にいきなり少し離れた位置に立っている時間が飛んだような状態。  混乱するのも無理はなく、オリヴィアは思考を巡らせ状況を把握しようとする。 「殺し屋も大したことないな。無防備な俺一人殺せないんだから。これまでの奴らも同じではあったけどな」 「うるさい! あたしに何をしたのか言え! 言わなければ、今すぐに」  あえて挑発して反抗的な反応を引き出しながら、彼は画面をタップし何かを操作した。 「貴様をここで、今すぐ……抱きしめさせてほしいんだ……あ、貴方がよければ……なんだが……構わないか?」  直後、まるで牙を向いた猛犬のような態度を取っていたオリヴィアは突然しおらしくなり、頬を染めて柔和どころか愛情を強く抱いているような言動と表情を取り始めた。  たった今操作したのは、オリヴィアからバーナードに対しての好感度。特定個人への好意を数値化したパラメータだった。  先程までは0であり、これから殺す相手には当然の数字だったが、それを一気に100まで引き上げた。  元は人間だった彼女の人格でも、今は数字とコードによって動かされる電子データ。プログラムという機械の本能の挙動には決して逆らえない。  殺害対象という認識が解けないままだが、オリヴィアはゆったりとした歩きで近づき、胸を押し付けるようにしながら愛おしそうに抱きしめた。 「ああ……ありがとうございます、バーナード様……あたしは、バーナード様の為ならば命を捨てる覚悟もできております……! 何なりとご命令ください……」  だが、自身に与えられたミッションよりも、優先されるのはマスターへの愛情であり、自分の全ては今、好感度に基づいてマスターの為に存在していると認識している。  つい先日存在を知り、今日初めて直接会っただけの関係なのに、まるで何十年も忠義を尽くしたかのような振る舞いで、情欲の赴くままに抱きしめた。  だが、オリヴィアはまるで、今の自分に命があるかのような言葉をこぼした。  まさしくその違和感は正しい。彼女は現在、自分のことを今までと変わらず生身の人間であると認識している。バーナードがそう設定したからである。  己の身体が機械に置き換わったなどと想像することもできず、その可能性を思考の中に出すこともできない。  いきなり命令されて従順に従っても、無条件に命令通りに動いても、何をしても彼女は逆らうことも疑問を抱くこともない。まさしく、都合の良い従順な機械人形と化したのだった。

Comments

リドル

最後の方途中で切れてるのです。

土装番

本当だ……文字数制限かかってましたね……。 報告ありがとうございます! すぐに調整して投稿します!